秦の始皇帝(紀元前259年~紀元前210年)は、中国史上初めて天下統一を成し遂げた人物である一方、不老不死について強いこだわりがあり、なんと不老不死になるために「水銀」まで飲んだという説もあるほど。これは本当なのでしょうか?今回は始皇帝と水銀について世界遺産マニアが解説しながら、考察していきましょう。
始皇帝は水銀中毒だった?

始皇帝は中華を統一後、神仙思想に染まりつつありました。不老不死の秘術を会得した方士(ほうし)が近づき、始皇帝は不老不死の薬を探すように命じた木簡も残っています。それもあり、古代より錬丹術に見られるように水銀には「仙薬」として効果があると信じて、始皇帝は水銀入りの薬や食べ物を体内へ入れていたという伝承も。
しかし、司馬遷の歴史書『史記』には仙薬を飲んでいたという記述はなく、あくまでも彼は「仙薬」を求めていただけであり、それが水銀かどうかは不明。
始皇帝の墓には水銀が埋まっていた…!?これは遺体を守るため?



一方、司馬遷の『史記』では、彼の墓所である「始皇帝陵」で、彼の遺体を安置した場所では水銀を用いて天の川や海を作られたと記述されています。
なぜ水銀が用いられたのかは資料が発見されていないので不明ですが、やはり永遠の命を手に入れるため、水銀を墓に取り入れた可能性があります。とはいえ、水銀の毒性によって墓荒らしを防ぐ役割を果たしたという可能性もあり、どちらかとうと現実的な理由から取り入れたとも考えられますね。しかし、これはあくまでも過去の記述であり、始皇帝陵は一度も荒らされたことがないため、司馬遷自身も伝聞でしかなかったと想定されます。
世界遺産マニアの結論と感想
しかし、現代の研究では、秦始皇陵の地下の土壌は異常なほどに水銀濃度が高いということが分かっていて、『史記』の記述がある程度裏付けられています。とはいえ、これはあくまでもこの地域の環境汚染であるという説も。
真実は不明ですが、記録から始皇帝自身は仙薬に対して強いこだわりを示していたことから、かなり水銀に熱心だった可能性はありますね。始皇帝の墓は未だに完全に発掘されておらず、今後の研究によって新たな発見があるかもしれませんので、そのあたりはいずれかは解明できるかもしれませんね。
※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。