登録区分 | 文化遺産 危機遺産2006年〜 |
登録基準 | (2), (3), (4) |
登録年 | 2004年(2006年拡大) |
コソボ共和国内にある4つのセルビア正教会が世界遺産に登録。もともとはバルカン半島最大規模の主聖堂を持つデチャニ修道院が2004年に登録されると、2006年にはグラチャニツァ修道院を含めて3つの教会と修道院が追加されました。現在は政情不安のため危機遺産に登録。
ここではコソボの中世建造物群がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、コソボの中世建造物群について詳しくなること間違いなし!
※コソボは世界遺産条約未締約であり、世界遺産センターではセルビアの世界遺産に分類しているため、ここでは「セルビアの世界遺産」として扱っています
コソボの中世建造物群とは?
コソボ共和国は2008年にセルビアから独立宣言をした世界的には新しい国家でもあります。その領土にある4つの教会と修道院は、2004・2006年にセルビア領土の一部、コソボ・メトヒヤ自治州だった時代に、世界遺産として登録。しかし、コソボは「世界遺産条約未締約」の国家であるため、世界遺産センターでは今でもセルビアの世界遺産として登録されています。
世界遺産に登録されている建造物は、セルビア王国(1171〜1346年)時代に作られたもの。「デチャニ修道院」は、セルビア正教会において最大の規模の修道院。ここは1327年にセルビア王ステファン・ウロシュ3世デチャンスキが設立し、主聖堂はバルカン半島でも最大規模です。当時の他の聖堂とは異なる、ロマネスク様式を採用し、1000を越える聖人たちのフレスコ画が描かれています。
他にもセルビア総主教の主教座でもある「ペーチ総主教修道院」、モスクとして転用されたこともある「リェヴィシャの生神女教会」、セルビア王ステファン・ウロシュ2世ミルティンが建造した「グラチャニツァ修道院」なども登録。
危機遺産(危機にさらされている世界遺産)
コソボは独立以前からも政情不安が続き、壁画などの保全状態が危ぶまれ、2006年から危機遺産に登録。2007年にはデチャニ修道院は隣国アルバニア人の過激派によって手榴弾が投げ込まれるなど、事件も発生しています。
コソボの中世建造物群はどんな理由で世界遺産に登録されているの?
コソボの中世建造物群が評価されたのが、以下の点。
登録基準(ii)
登録基準(iii)
登録基準(iv)
コソボの中世建造物群には、13〜17世紀にかけてバルカン半島で発展した壁画があり、独特の芸術様式を含めた、東方正教会の文化圏におけるロマネスク様式のキリスト教文化の頂点が見られます。14世紀初頭に建造されたリェヴィシャの生神女教会のモザイクは、東方正教会のビザンツ様式と西ヨーロッパのロマネスク様式を組み合わせていたりと、コソボの中世建造物群は、その後のバルカン半島の芸術において大きな役割を果たしたという点。
世界遺産マニアの結論と感想
コソボというエリアにあることで、帰属に関してはいろいろと難しいところですが、中世に建造された4つの建造物は、西ヨーロッパのロマネスク様式を組み合わせ、バルカン半島において発展した独特の壁画が見られ、ここは東方正教会の文化圏におけるキリスト教文化の繁栄が見られるという点で評価されています。
ちなみに、コソボという名はコソボ平原から由来していて、「クロウタドリ」というツグミ科の鳥を意味するもの。日本では冬鳥ではありますが、ヨーロッパでは春の訪れを感じる時期にやってくる鳥でもあります。
※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。