イラクの世界遺産「エリドゥ」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分複合遺産
登録基準(3), (5), (9), (10)
登録年2016年

エリドゥは「イラク南部の湿原地域(アフワール) : 生物多様性の保護地とメソポタミア都市群の残存する景観」の構成遺産の一つ。ここはシュメールでも最古の都市であったと考えられていて、数多くの寺院があったとされています。ところで、エリドゥはなぜ世界遺産なのでしょうか?

ここではエリドゥがなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、エリドゥについて詳しくなること間違いなし!

目次

エリドゥとは?

エリドゥ
画像素材:David Stanley(Wikimedia Commons)

エリドゥはイラク南部の砂漠に位置し、紀元前5000年には人が居住していたとされます。ウバイド文化(紀元前6500年頃〜3500年頃)に属し、メソポタミア南部の都市でも最古の都市とされるもの。シュメール王名表に記載された最初の王であるアルリムは、エリドゥ。支配した伝説的な王ではありますが、もともとは農村集落、漁労・狩猟民、遊牧民の3つの異なる集団によって形成されたと考えられています。

当時はペルシャ湾近くに位置していたとされ、古くから繁栄し、寺院が多く並ぶ宗教都市でもあったと考えられるものの、紀元前2000年ころには衰退したため、資料が少なく、あまりわかっていません。遺跡には、都市の守護神エンキを祀った神殿跡が残っています。

エリドゥはどんな理由で世界遺産に登録されているの?

エリドゥ
画像素材:shutterstock

エリドゥが評価されたのが、以下の点。

登録基準(iii)
ウルク、ウル、エリドゥの遺跡は、ウバイド文化とシュメール、バビロニア、ヘレニズムの時代までのメソポタミア南部の都市と社会の成長・衰退を示すもので、これらの都市には神殿や宮殿などの記念碑的な建造物、階級社会が見られるもの、広大な住宅地跡など、宗教と政治、経済、文化の中心地となり、人類の歴史において大きな変化をもたらしたという点。

登録基準(v)
ウルク、ウル、エリドゥの遺跡は、現在は乾燥地帯であるものの、もともとは淡水の湿地の近くに水路や運河跡、かつての集落跡など、ティグリス川の不安定なデルタ地形の景観を示すもので、この地は建築や考古学遺跡、楔形文字のテキストなどが発展し、メソポタミア南部の文化・宗教・文学・芸術に貢献していたということ。

世界遺産マニアの結論と感想

エルドゥは、世界でも最古の都市の一つであり、これらの遺構はウバイド文化から紀元前2000年頃まで、政治や経済の中心地であることを示し、このエリアの中でも文化が発展していったという点で評価されています。

ちなみに、エリドゥのジッグラトは年代が古く、規模も大きかったため、未完成の塔であるという点で『旧約聖書』の「バベルの塔」のオリジナルではないか?という説もあります。さらにギリシャ語の王名表に最古の街は「バベル(バビロン)」と記されているために、もしかしてギリシャ人はエリドゥをバベルと考えていた…となるとロマンが広がる話ですね。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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