エジプトの世界遺産「クフ王のピラミッド(ギザの大ピラミッド)」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(1), (3), (6)
登録年1979年

クフ王のピラミッド(ギザの大ピラミッド)は「メンフィスとその墓地遺跡-ギザからダハシュールまでのピラミッド地帯」の構成遺産の一つ。ギザの三大ピラミッドの一つで、第4王朝のクフ王によって築かれたとされるもの。ところで、クフ王のピラミッドはなぜ世界遺産なのでしょうか?

ここではクフ王のピラミッドがなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、クフ王のピラミッドについて詳しくなること間違いなし!

目次

クフ王のピラミッド(ギザの大ピラミッド)の高さと大きさは?

クフ王のピラミッド(ギザの大ピラミッド)
画像素材:shutterstock

首都カイロ市の南西部にあるギザの台地には、第4王朝(紀元前2613年頃〜紀元前2498年頃)のファラオであるクフ王、カフラー王、メンカウラー王の三大ピラミッドがあり、クフ王のピラミッドは北側に位置します。

この地はナイル川の西岸にあり、当時の首都であったメンフィスからはほど近いために選ばれたとされます。年代ははっきりとはしていませんが、紀元前2700年〜紀元前2500年ころに建造されたとされ、化粧岩に囲まれた、光り輝く四角錐の建造物でした。現在は化粧石は剥がされ、高さは完成時は146.6mもあったのですが、現在では138.5mとなっています。平均で2.5トン前後とされる石材が230万個も使用されていると推定され、容積は合計で259立方m。

内部はどんな構造なの?盗掘に遭ったことも?

王の間/クフ王のピラミッド(ギザの大ピラミッド)
画像素材:shutterstock

クフ王のピラミッドは、実は他のピラミッドと比べると、内部構造が独特で、一般的にピラミッドの玄室は地下に配置されるものですが、内部には下から地下室、女王の間、王の間という3つの空間や通路、大回廊など、非常に複雑な構造となっています。これは途中で建設計画が変更されたという説が一般的で、王の間には花崗岩で築かれたシンプルな石棺があるため、ここがクフ王の玄室だったと考えられていますが、これもさまざまな説があり、結論は出ていません。

入口は北面にあり、中心軸から7.29mほど東へとズレています。しかし、現在の観光客用の入口はその下にあり、これは9世紀にアッバース朝第7代カリフのアル=マムーンによって、侵入するために築かれた盗掘口となっていたのが特徴。ただ盗掘そのものはこれよりも前にされたとされていて、この盗掘口を作った人物すらも不明です。

ピラミッドを建造したとされるクフ王とはどんな人物?

クフ王の立像
画像素材:shutterstock

これだけ大きなピラミッドを築いたクフ王(在位:紀元前2589年〜紀元前2566年頃)は、第4王朝の第2代の王であり、絶大な権力を持っていたとされるものの、彼の正式な記録はほとんどなく、ギザのネクロポリスで発見された碑文と後世の文学作品などから、かろうじて人物像が分かる程度。ほぼ完全な形で現存する像も小さな立像のみと謎の多い人物です。

紀元前3世紀の歴史家のマネトやギリシャの歴史家たちは、かれのことを暴君として扱っていますが、これも根拠がなく、ヘロドトスはピラミッドの作業者も奴隷と記していますが、現代では否定されています。ただ当時の平民たちの間では、不人気であった可能性もありますし、これはクフの生きた時代から2000年も経ってから記載された情報である時点で根拠も薄いもの。

実はピラミッドの内部にはまだ隠された空間がある?

クフ王のピラミッド(ギザの大ピラミッド)
画像素材:shutterstock

ギザのピラミッドには、古くから未知の空間があるという噂は、さまざまな研究者により発表されたものの、数百年に渡って発見に至っていませんでした。そして、2023年に入口上部に縦横2m、奥行きが9mという新たな空間が発見され、これは186年ぶりの新たな空間でもあります。

これらは宇宙を飛び交う宇宙線が大気とぶつかる際に生まれる素粒子「ミューオン」を使って調査したもの。しかし、隠された空間は一体どんな目的で築かれたのかは不明で、今後さらに研究が続けられて、やがて明らかになるといいですね。

…さらにミューオンの調査によると、内部には高さ30mもの巨大空間があり、もし見つかったら、ピラミッドの謎の解明に近づけるかもしれません。

クフ王のピラミッド(ギザの大ピラミッド)はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

クフ王のピラミッド(ギザの大ピラミッド)
画像素材:shutterstock

クフ王のピラミッドが評価されたのが、以下の点。

登録基準(i)
サッカーラの史上初のピラミッドや4000年以上の歴史を誇るギザの大ピラミッドなど、人類史に残るピラミッドが集まっているという点。

登録基準(iii)
ピラミッドはエジプト文明の形成にさかのぼるシンボルであり、この地に存在した王朝の権力と組織の象徴であったということ。

登録基準(vi)
メンフィスは、プタハ信仰の中心地というだけでなく、芸術などが盛んな美しい都であったということが分かるという点。

世界遺産マニアの結論と感想

クフ王のピラミッドは、ギザの大ピラミッドとも呼ばれ、世界で最も高いピラミッドを建造できる技術があり、当時の第4王国の繁栄が見られるという点で評価されています。

ちなみに、このピラミッドを「クフ王」のピラミッドとしていますが、実はそれはヘロドトスなどの後世の歴史家が記していただけで、19世紀まではその根拠はなかったのです。ようやく証明されたのは、1837年にハワード・ヴァイスという英国軍人が、王の間の上を火薬で破壊して、その時に「クヌム・クフ」といったクフ王を示す碑文が発見されたことから。しかも、それは「クフ王の友人達」と名付けられた労働者たちについて触れていて、真相は不明ですが、割とピラミッドを作った人々はかなり名誉を感じていたのかもしれませんね。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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