京都府の世界遺産「清水寺」とは?地主神社を含めて世界遺産マニアが解説

  • URLをコピーしました!
登録区分文化遺産
登録基準(2),(4)
登録年1994年

清水寺は「古都京都の文化財」の構成遺産の一つ。「清水の舞台」でも知られ、誰もが知る京都の代表的な観光地でもあります。ところで、清水寺はなぜ世界遺産なのでしょうか?意外と知ってそうで知らない!

ここでは清水寺がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、清水寺について詳しくなること間違なし!

目次

清水寺とは?

清水寺
画像素材:shutterstock

東山区にある法相宗の大本山であり、京都を代表する観光地でもあります。もともとは奈良の興福寺の僧であった延鎮(えんちん)がこの地で観音の化身と出会い、778年に寺を建設したことから、この年が創建とされています。780年に後の征夷大将軍である坂上田村麻呂(758〜811年)の自邸を本堂として寄進して、810年には天皇公認の寺院となりました。

清水の舞台/清水寺
画像素材:shutterstock

本堂は何度も消失し、現存するものは1633年に徳川家光の寄進により完成。ここは「清水の舞台」として有名な「懸造(かけづくり)」で有名で、「舞台」と呼ばれる、ケヤキの柱によってせりだした部分を支えています。江戸時代には飛び降りた人がいたものの、これは自殺というよりも「命をあずけて飛び降りると願いが叶う」信仰心によるもの。実際に死亡した人のほうが少ないというほど。

地主神社

地主神社
画像素材:写真AC

本堂の北に位置する地主神社は、もともとは清水寺の鎮守社で寺の敷地内にあったものですが、明治時代の新仏分離によって独立。創建は明らかになっていませんが、平安時代には既に祭りで賑わうほどに繁栄していたとされています。ここは1633年に再建された神社ではあるもの、清水寺の範囲として世界遺産に含まれています。主祭神は大国主で、現在は縁結びの神社として有名。

清水寺はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

清水の舞台/清水寺
画像素材:shutterstock

清水寺が評価されたのが、以下の点。

登録基準(ii)
京都は8〜17世紀にかけて、宗教と世俗的な建築様式や庭園設計が発展した場所であり、日本伝統文化の形成に貢献してきました。そして、庭園設計は19世紀以降、世界中に大きな影響を与えたという点。

登録基準(iv)
京都の文化財に見られる建築と庭園設計は、日本の前近代の文化における最高の表現であるということ。

世界遺産マニアの結論と感想

清水寺は、平安時代には既に霊場として信仰を集めていました。「清水の舞台」は日本各地に残る懸造の代表的な存在で、傑作でもあるという点で評価されています。

ちなみに、麓から清水寺へと続く坂道は「清水道」と呼ばれ、京都を代表するお土産ストリートになっていますが、歴史はそれほど古くはなく、実は近世以降に栄えた道。中世は現在の産寧坂(さんねいざか、三年坂)のほうがメインストリートで、転ぶと三年以内に死ぬという恐ろしい伝承があります。よって、昔の人はひょうたんを携帯して、転んだ時に魂がひょうたんに吸い取られるようにしたとか。実は平安時代には周囲には墓場があり、ちょっぴり怪談と結びついているのかもしれませんね…。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

目次
閉じる