トルコの世界遺産「ディヴリーイの大モスクと病院」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(1),(4)
登録年1985年

トルコ中央部のディヴリーイには、13世紀前半に建造された大モスクと病院を持つ複合建築が残ります。これはルーム・セルジューク朝(1077〜1308年)の傑作で、特に3つの扉の装飾彫刻には植物や幾何学の文様、文字などが組み合わされたユニークなもの。

ここではディヴリーイの大モスクと病院がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、ディヴリーイの大モスクと病院について詳しくなること間違いなし!

目次

ディヴリーイの大モスクと病院とは?

ディヴリーイの大モスクと病院
画像素材:shutterstock

トルコ中部のスィヴァス県。現在のディヴリーイは山間の小さな街ですが、ここには大モスクと病院を含めた複合建築が残っています。ルーム・セルジューク朝時代のトルコは、日本の戦国時代のような状態で、トルコ各地でベイリクと呼ばれる君侯国が林立しました。その中でも、この地方を治めていたメンギュジェク朝のアフメッド・シャーによって1228〜1229年に大モスクが設立され、病院は彼の妻であるトゥラン・メレクの願いによって加えられたもの。

ここは他のモスクとは違い、病院が併設されているというだけでなく、中庭や沐浴のための設備がないという独特のデザインで、内部は非常にシンプルな礼拝堂や病室の役割を持つ小部屋で構成されたもの。それに比べ、外観は非常に派手で、東・西・北側には、多様な装飾が施された門があり、これらはさまざまな職人によって築かれ傑作でもあります。内部にはドームと丸天井、ドームを支える16もの柱廊があり、それぞれ植物や幾何学文様、文字などが施された豪華なデザインであるのが特徴。

ディヴリーイの大モスクと病院はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

ディヴリーイの大モスクと病院
画像素材:shutterstock

ディヴリーイの大モスクと病院が評価されたのが、以下の点。

登録基準(i)
大モスクと病院は独特の建築作品であり、イスラム建築でも最も美しい建築空間の一つであるという点。

登録基準(iv)
ディヴリーイの大モスクは、ルーム・セルジューク朝のモスクの傑出した例で、中庭や柱廊、沐浴施設がなく、隔離した環境で宗教的行事だけを行うような構造で、慈善事業として建造された病院が加えられているというのも興味深いものであるということ。

世界遺産マニアの結論と感想

ディヴリーイは、群雄割拠の時代のルーム・セルジューク朝に造られたということもあり、中庭や屋外の沐浴施設など、モスクにあるべき施設がなく、代わりに病院があったりと、祈りの場としてはかなり独特のものであるという点で評価されています。

ちなみに、ベイリクは最も多い時期はアナトリア半島だけで10カ国は存在したのですが、最終的にオスマン侯国という国によって統一されます。これが後に大帝国を築くオスマン帝国(1299〜1922年)の前身でもあったのですが、当時はイスランブール周辺を治める程度の小国でした。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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