登録区分 | 文化遺産 |
登録基準 | (3) |
登録年 | 2012年 |
ゴルディオンは、アナトリア半島西部の内陸にあり、かつてフリギア王国の首都だったとされる遺跡。紀元前12世紀からフリギア人がこの地に暮らしていたことが分かっていて、謎の多い彼らの足跡をたどることができます。ここはアレキサンドロス大王の「ゴルディオンの結び目」の伝説でも有名。
ここではゴルディオンが、なぜ世界遺産なのか?世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、ゴルディオンについて詳しくなること間違いなし!
ゴルディオンとは?
トルコの首都アンカラから南西へ約70kmの位置にある遺跡で、ここはヤスヒュック村の郊外にあり、青銅器時代初期(紀元前3000年ころ)から中世(12〜13世紀)にいたるまで長い期間利用されていたとされています。
「ゴルディオン」とは、アナトリア半島を支配していたヒッタイト帝国(紀元前16世紀〜紀元前1180年)が崩壊した後、紀元前12世紀にこの地を支配したインド・ヨーロッパ語族のフリギア人によって築かれたフリギア王国の首都であった場所。おそらく紀元前7世紀には国の支配は終焉したものの、「フリギア」と呼ばれる民族と王国はギリシャ神話や文献でしばしば登場し、紀元前4世紀にアレクサンドロス大王がこの地で「ゴルディアスの結び目」を断ち切ったという伝説でもよく知られます。
とはいえ、ゴルディオンの本格的な調査は1900年代に入ってから。ここはアケメネス朝ペルシャ(紀元前550年〜紀元前330年)時代には、王の道があったことから交通の要衝でありました。遺跡では、紀元前9世紀以前の城塞跡や紀元前8世紀に再建された城塞と住居跡などが発見され、広大な都市があったことが分かっています。
周囲には150もの墳丘があり、これらは紀元前9世紀から紀元前2世紀に渡って建設されたもので、フリギアの王族や貴族たちの墓であったとされています。ほとんどは高さ3〜12m程度のものですが、最も大きいのは高さ53mもある「ミダース王の墓」。ここは1957年にペンシルバニア大学の考古学者たちによって発掘され、奥には紀元前740年ころの木造の玄室が存在していたことから、世界最古の木造建造物とされるもの。ミダース王は、フリギアの王の名前で、神話では創設者のゴルディアスと女神キュベレーの息子とされますが、同じ名前の王は多く即位したとされています。
ゴルディオンはどんな理由で世界遺産に登録されているの?
ゴルディオンが評価されたのが、以下の点。
登録基準(iii)
ゴルディオンは、フリギア王国の文化と政治の中心地であり、フリギアの文献は碑文などもほとんど残っておらず、フリギアの文明はほぼ不明という状況のなか、ここはフリギアの全体像を知るためには考古学的にも重要な場所であるという点。
世界遺産マニアの結論と感想
ゴルディオンは紀元前9世紀のアナトリアにおいては非常に規模の大きな都市であり、まだまだ不明なことが多いフリギア人の足跡が多く残っていて、世界最古級の木造建造物・ミダース王の木製の玄室などがあるという点で評価されています。そして、「ゴルディオンの結び目」のルーツであるというのもポイント。
ちなみに、劇団四季のミュージカルでも有名な『王様の耳はロバの耳』の王様は、ギリシャ神話をモチーフにしていて、神様にロバの耳を変えられてしまった王こそミダース王でもあります。まぁ、ミダース王の墓ではロバの耳をした遺体は発見されていないので、あくまでも物語ですかね。さらには、前述の通り、ミダースという名前の王様は多く存在したそうなので、何代目かも不明ですが…。
※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。