ウズベキスタンの世界遺産「イチャン・カラ(ヒヴァ)」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(3),(4),(5)
登録年1990年

イチャン・カラとは、現地では「内城」という意味。キャラバン・ルートのオアシス都市・ヒヴァにあり、城壁内に残るモスク、霊廟、神学校、宮殿などが世界遺産に登録されています。中央アジアの中でもほぼ無償の状態で保たれていることから、街全体が博物館のよう!

ここでは、イチャン・カラがなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、イチャン・カラについて詳しくなること間違なし!

目次

イチャン・カラとは?その歴史は?

画像素材:shutterstock

ヒヴァのイチャン・カラは、ウズベキスタン南西部のホラズム地方のアムダリヤ川の南に位置し、キャラバンが砂漠を越えてイランに向かう前に立ち寄るオアシス都市でした。

ヒヴァの歴史はなんと2000年以上。17〜20世紀にかけてはヒヴァ・ハン国の首都として栄えました。イチャン・カラは26ヘクタールあり、高さ10mほどのレンガの壁で囲まれた堅固な都市で、50以上の建造物と250以上の住居が並びます。しかし、18世紀にイランのナーディル・シャーによって、ほとんど破壊されており、建設当初の建造物はほとんど残っていません。

現在の建築物は18〜19世紀に再建されたもの。かつては「イチャン・カラ」と呼ばれるものはたくさんあったのですが、保存状態の良い状態で残っているのはヒヴァのみ。町にはモスク、霊廟、神学校、ミナレットなど、当時の様子をそのまま残す建造物がたくさん残っています。

登録されているおもな構成遺産

パフラヴァン・マフムード廟 

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17世紀に建設された、ヒヴァの庇護者であるパフラヴァン・マフムードの墓が中心にある霊廟。ヒヴァ・ハン国時代の君主の墓も置かれています。美しい青いドームが印象的。

ジュマ・モスク

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10世紀に創建されたとされますが、現在のモスクは18世紀に建て直されたもの。砂漠に置いて貴重品である木材の柱を多く使用しているというのが特徴。高さ55mのミナレットがシンボル。

イスラーム・ホジャ・ミナレット

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ヒヴァの最後のハーン時代の大臣、イスラーム・ホジャによって1910年に建設されたもの。高さ45mのミナレットでヒヴァでも最も高いミナレット。118の階段があり、展望台まで登ることも可能です。

カリタ・ミノル

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ムハンマド・アミン・ハーンのマドラサのすぐ側に立つミナレット。高さ28mの未完成ミナレットが残っています。完成したらなんと109mになる予定だったというから驚き。19世紀に当時のハーン、アミン・ハーンが建設しようとしたところ、彼は戦死してしまったため、途中で中止されたとされています。

イチャン・カラはどんな理由で世界遺産に登録されているの?

画像素材:shutterstock

イチャン・カラが評価されたのが、以下の点。

登録基準(iii)
よく保存された都市で、イチャン・カラはホレズム地方の失われた風景を今でも残しているという点。

登録基準(iv)
イチャン・カラのいくつかの建造物は、中央アジアの伝統的な建築様式が見られ、14世紀から19世紀のイスラム建築の発展が分かるということ。

登録基準(v)
伝統的な建築様式の邸宅など、中央アジアに住む人々の暮らしなどが今も残っているということ。

世界遺産マニアの結論と感想

中央アジアには多くのオアシス都市が残りますが、完全生でいうとヒヴァのイチャン・カラが最も綺麗に残っています。そして、途中で破壊されたものの、それぞれが復元されたため、建築様式の細かな違いなども分かるというのポイントですね。

ウズベキスタンというとサマルカンドやブハラが有名で、これらに比べると地味なイメージがあるヒヴァですが、中央アジアのオアシス都市としての保存状態はこっちのほうが抜群かもしれませんね。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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