サウジアラビアの世界遺産「メッカへの入り口、歴史都市ジッダ(ジェッダ)」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(2), (4), (6)
登録年2014年

紅海の東岸にあるジッダ(ジェッダ)は古くから栄えた交易都市。ここは内陸にあるイスラム教最大の聖地であるメッカの玄関口でもあり、19世紀後半に商人たちに築かれた伝統的な邸宅やサンゴを使った家々などが並ぶ、文化都市としても発展してきました。

ここでは、メッカへの入り口、歴史都市ジッダ(ジェッダ)がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、ジッダについて詳しくなること間違いなし!

目次

メッカへの入り口、歴史都市ジッダ(ジェッダ)とは?

メッカへの入り口、歴史都市ジッダ(ジェッダ)
画像素材:shutterstock

ジッダはサウジアラビア西部のマッカ州(メッカ州)は、7世紀に第3代目の正統カリフのウスマーン・イブン・アッファーンが、この地にあった漁港をメッカへの巡礼する人々の玄関口にしたことが始まり。メッカは創始者ムハンマドの故郷であり、イスラム教最大の聖地であることで有名ですが、ウスマーン・イブン・アッファーンはムハンマドの娘婿であり、親友であったことから共同体を束ねるリーダーでありました。

やがてジッダは、ヒジャーズ地方(紅海沿岸を含むエリア)の主要都市となり、ハッジ(巡礼)のために多くの人が乗った船が集まる港として繁栄し、多くのイスラム王朝が支配しました。1869年にスエズ運河が開通すると、地中海とインド洋を結ぶ海上交易でも繁栄。20世紀初頭にサウジアラビアに属するようになり、現在に至ります。

メッカへの入り口、歴史都市ジッダ(ジェッダ)
画像素材:shutterstock

スエズ運河の開通によって商人たちは莫大な富を得るようになると、旧市街に豪華な邸宅が建造されました。木造の塔が築かれた多層階の邸宅や紅海産のサンゴを使用した家々などは、現在でも旧市街に残存。そして、豪華なスークやモスクも作られ、巡礼者が集まる活気あふれる町並みとなっています。

メッカへの入り口、歴史都市ジッダ(ジェッダ)はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

メッカへの入り口、歴史都市ジッダ(ジェッダ)
画像素材:shutterstock

ジッダが評価されたのが、以下の点。

登録基準(ii)
旧市街は、16世紀〜20世紀初頭にかけて紅海とインド洋から多くの人々が滞在し、建築技術などを含めて文化交流したことで形成された町並みであるという点。

登録基準(iv)
旧市街に残る、19世紀に築かれた木造の家々は、現在でも紅海の文化を残すものであり、この建築様式は近隣のメッカやメディナでも採用されたということ。

登録基準(vi)
ジッダは毎年多く訪れるメッカ巡礼者と結びついて発展していき、それにより食文化や建築などに文化の多様性が生み出されたという点。

世界遺産マニアの結論と感想

ジッダの街の起源は、メッカ巡礼の玄関口であったように、その巡礼者と商人によってイスラム世界においても独特の文化が形成され、建築物もこの町ならではのスタイルが見られるという点で評価されています。

ちなみに、かつて旧市街の近くには「イヴの墓」と呼ばれる墳墓があります。このイブとは旧約聖書に登場するイヴを指していて、ジッダという街の由来もアラビア語の「おばあさん」から来ているという説もあるほど。しかし、巡礼者の中でイヴの墓を訪れる者がいたことから、1975年にコンクリートで覆われるようにして封印してしまいました。

なぜにイスラム世界にイブの墓があるのかというと、聖典『クルアーン』にアダムの配偶者が記載されていて、そのことからイヴも崇拝されていたと考えられています。もちろん、これは世界遺産には登録されていません…念の為。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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