ポーランドの世界遺産「カルヴァリア・ゼブジドフスカ : マニエリスム建築と公園が織りなす景観及び巡礼公園」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(2), (4)
登録年1999年

ポーランド南部にある小さな町カルヴァリア・ゼブジドフスカは、17世紀初頭に地主のニコライ・ザブジドフスキがツァー山の斜面にエルサレムのイエス・キリストが処刑されたというゴルゴダの丘を模した聖十字礼拝堂を建造したことが起源。やがて町には教会や礼拝堂が多く建造され、曲線を多用したマニエリスム様式の建造物が自然環境の中に点在するというのが特徴です。

ここではカルヴァリア・ゼブジドフスカ : マニエリスム建築と公園が織りなす景観及び巡礼公園がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、カルヴァリア・ゼブジドフスカについて詳しくなること間違いなし!

目次

カルヴァリア・ゼブジドフスカ : マニエリスム建築と公園が織りなす景観及び巡礼公園とは?

カルヴァリア・ゼブジドフスカ : マニエリスム建築と公園
画像素材:shutterstock

ポーランド南部のマウォポルスカ県にある町カルヴァリア・ゼブジドフスカは、この地方の中心都市であるクラクフの南西に位置しています。町はクラクフのヴォイヴォダ(領主)であったニコライ・ザブジドフスキによって17世紀に設立。町の南部のツァー山には、イエス・キリストの受難の地であるゴルゴダの丘を模して、聖十字礼拝堂が建造されます。ここはエルサレムにある聖書ゆかりのオリーブ山やケデロンの谷などの地形に見立てて、教会や礼拝堂などが建造されていきました。

これらはマニエリスム様式という、ルネサンス後期の16〜17世紀の芸術様式に属する建造物が並び、ベルギー人建築家ポール・ボダールによって1605〜1632年にかけて14の礼拝堂が建造されると、17世紀〜20世紀初頭まで聖地にちなんだ建築物が次々と建造されていきました。ここは森を伐採して切り開かれ、十字架への道を模した山頂への道沿いは聖地をイメージした建造物が並ぶという文化的景観が広がっています。そして、現在も400年以上に渡って毎年何千人もの人々が訪れる巡礼地であるというのも特徴。

カルヴァリア・ゼブジドフスカ : マニエリスム建築と公園が織りなす景観及び巡礼公園はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

カルヴァリア・ゼブジドフスカ : マニエリスム建築と公園
画像素材:shutterstock

カルヴァリア・ゼブジドフスカが評価されたのが、以下の点。

登録基準(ii)
カルヴァリア・ゼブジドフスカは、イエス・キリストの受難にまつわる出来事を礼拝堂や小道などで表現し、自然景観に人工の建造物が調和されたという、美と宗教を組み合わした文化的景観が広がっているという点。

登録基準(iv)
16世紀後半の宗教改革によって、ヨーロッパ各地ではゴルゴタの丘を模した建築物が盛んになり、カルヴァリア・ゼブジドフスカは自然の美しさの中にキリスト教の建造物やバロック様式の公園などを含め、大規模な景観設計の優れた例であるということ。

世界遺産マニアの結論と感想

カルヴァリア・ゼブジドフスカは、ヨーロッパ各地でエルサレムを模した聖域建設が盛んだった時代に設立され、ここには聖書にまつわる地名や出来事などに関連した礼拝堂などが並び、自然景観の中に聖地を模した建造物が並ぶという文化的景観が広がっているという点で評価されています。

ちなみに、イエス・キリストが磔刑にかけられたのは「ゴルゴダ」という場所とされていますが、あくまでも聖書の記述であって、実際にどこにこの場所があったのかは今でも諸説あります。そして、よく「ゴルゴダの丘」とされますが、「丘」という記述は聖書にはなく、後世に付け加えられた通説。丘であるかどうかも不明なんです。思い込みは怖い話ではありますね…。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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