キプロスの世界遺産「パフォスの考古学遺跡」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(3),(6)
登録年1980年

キプロス島南西部に位置するパフォスは、新石器時代から人が住んでいて、美と愛の女神アフロディーナの生誕の地でもあります。パラエ・パフォス(旧パフォス)地区にあるアフロディーナ神殿は紀元前12世紀に築かれ、カト・パフォス(ネオ・パフォス)には宮殿や劇場、要塞なども点在。これらは女神信仰の中心地であったことを示すものでもあります。

ここではパフォスの考古学遺跡がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、パフォスの考古学遺跡について詳しくなること間違いなし!

目次

パフォスの考古学遺跡とは?

パフォスは、大きく分けると現在の新市街であるカト・パフォス(ネオ・パフィス)と、街の郊外にあるクークリア村にあるパラエ・パフォス(旧パフォス)の2つに分かれます。

ここは紀元前12世紀にミケーネ文明の時代、豊穣神、後のアフロディーナを崇拝する地として、キプロス島だけでなく、多くの人々が訪れる聖地でもありました。しかし、紀元前3世紀になるとパフィスは海岸沿いにある現在のカト・パフォスに遷都して、そこがネオ・パフォスと呼ばれるように。神殿があった元々のパフォスは、パラエ・パフォスと呼ばれるようになりました。プトレマイオス朝(紀元前305〜30年)期はキプロスの首都となるほどに繁栄しましたが、東ローマ帝国時代から1974年までは小さな都市に。しかし、トルコがキプロス島の北部を占拠すると、ここは新たなリゾート地として開発されました。

カトパフォス(ネオ・パフィス)

画像素材:shutterstock

現在のパフォスに残る考古学遺跡は、パフォス考古学公園として野外博物館として開放。ここにはヘレニズム期から東ローマ帝国時代まで貴族の邸宅が多く建造されたと考えられ、各邸宅には美しいモザイクが多く並んでいます。どれもテーマはギリシャ神話を題材にしていて、芸術的価値が高いもの。

ククリーナ村(パラエ・パフォス)

画像素材:shutterstock

カトパフォスから南東へ約30kmの位置する村。ここには紀元前12世紀に、豊穣神を祀る神殿が建造され、ネオ・パフィスに都市機能が移った後もアフロディーナ神殿は古代ローマ帝国時代まで聖地とされていました。

神殿遺跡には、初期に使用された青銅器時代の聖域とローマ時代に建造された聖域があり、かつては祭壇などがあったとされています。

パフォスの考古学遺跡はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

画像素材:shutterstock

パフォスの考古学遺跡が評価されたのが、以下の点。

登録基準(iii)
キプロス島に残るアフロディーナ神殿はミケーネ文明でも最古の集落の一つであり、カトパフォスに残るモザイクは世界でも優れたコレクションであり、歴史的価値が高いということ。

登録基準(vi)
パフォスの豊穣神から発展したアフロディーナ信仰は、やがて古代世界では美と愛のシンボルとなり、この信仰と文化的な重要性は普遍的価値があるという点。

世界遺産マニアの結論と感想

もともとはキプロス島の豊穣神であったアフロディーナ。紀元前12世紀には既に神殿が築かれ、信仰が確立されていて、ここを中心に都市が発展し、美しいモザイクなどが築かれた文化が残るという点で評価。そして、アフロディーナはオリュンポス十二神の一柱となり、多くの神話や物語に登場、やがて西洋美術の題材になるほどにもなったというのがポイント。

ギリシャ神話だと「嫉妬深い」という性格は、ゼウスの正妻であるヘラのイメージがありますが、アフロディーナは美と愛という女神の割に、美に対して貪欲で「最も美しい女神に」と書かれた黄金の林檎を得るために、ヘラや戦いの女神・アテナと激しく争い、やがてトロイア戦争にまで発展したというほど。…あくまでも神話ですが、「美のカリスマ」は度が過ぎると争いの種になるということでしょうかね。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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