マダガスカルの世界遺産「アンブヒマンガの丘の王領地」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(3), (4), (6)
登録年2000年

マダガスカル中部にある標高1468mのアンブヒマンガの丘。ここには15〜16世紀に島を統一したメリナ族によるメリナ王国(1540〜1897年)の王宮が置かれました。丘は約2.5kmにも及ぶ城壁で囲まれていて、14の門があり、その中には王宮跡と墓廟などが置かれ、メリナ王国の王族の発祥の地であるのと同時に彼らの宗教においても重要な場所でもありました。

ここではアンブヒマンガの丘の王領地がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、アンブヒマンガの丘の王領地について詳しくなること間違いなし!

目次

アンブヒマンガの丘の王領地とは?

アンブヒマンガの丘の王領地
画像素材:shutterstock

マダガスカルの首都アンタナナリボから北東へ約21kmの距離にある丘は「アンブヒマンガ(美しく青い丘)」と呼ばれ、ここは初めて島を統一した王朝であるメリナ王国の発祥の地であり、王家の宮殿と埋葬地があることから、王国の聖都とされてきました。現在の建造物は、マダガスカル島を統一させたアンヂアナンプイニメリナ王(1745〜1810年)の時代に遡るもので、彼はここで暮らしていたとされています。

アンブヒマンガは、14もの石造りの門が備えた要塞となっていて、城壁内には2つの木造の宮殿と2つの聖なる水場、4つの王家の墓廟が置かれていました。それに加え、公共の広場、王族の樹木、噴水、池などの聖域などがあり、周囲には固有種の植物や薬草が生い茂る原生林も残っています。ここは標高の高い位置に築かれたことから、政治的な重要性を示すもの。18世紀後半になると、王国の首都は現在の首都であるアンタナナリボに移り、ここには1870年に女王のための別荘が築かれ、今でも当時の邸宅が復元されて残っています。

アンブヒマンガの丘の王領地はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

アンブヒマンガの丘の王領地
画像素材:shutterstock

アンブヒマンガの丘の王領地が評価されたのが、以下の点。

登録基準(iii)
アンブヒマンガの丘は、マダガスカルの人々にとって文化的アイデンティティであり、シンボル的な建造物であるという点。

登録基準(iv)
アンブヒマンガの丘の建造物は、伝統的なデザイン、素材、レイアウトは16世紀のマダガスカル社会の構造を示したものであるということ。

登録基準(vi)
アンブヒマンガの丘は、この地に住む人々が何世紀にも渡って暮らし続け、儀式や祈りを中心に行われてきた例であるという点。

世界遺産マニアの結論と感想

アンブヒマンガの丘は、16世紀の伝統的な建築物の名残があり、当時のマダガスカルの社会構造が見られ、ここは何世紀にも渡って人々が暮らし、宗教儀式が続けられたことから、現在でもマダガスカルの人々の文化的アイデンティティとなっているという点。

ちなみに、メリナ族は1世紀にインドネシアから移住してきた、オーストロネシア人の末裔であるマレー・ポリネシア系の人々がルーツとなっています。マダガスカルはアフリカにあるにもかかわらず、人々の起源は東南アジアにあるという珍しい民族でもあります。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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