イタリアの世界遺産「サン・ジミニャーノ歴史地区」とは?塔の街として有名な都市を世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(1),(3),(4)
登録年1990年

イタリア中部の丘の上に位置するサン・ジミニャーノは「塔の町」として知られ、塔が林立するユニークな町並みが広がります。町にはかつて富と権力の象徴として72もの塔が建造されたほど。現在は14基だけですが、中世の雰囲気がそのまま残っています。

ここではサン・ジミニャーノ歴史地区がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、 サン・ジミニャーノについて詳しくなること間違いなし!

目次

サン・ジミニャーノ歴史地区とは?塔はなぜ作られた?

サン・ジミニャーノ歴史地区
画像素材:shutterstock

サン・ジミニャーノは、イタリア中部のトスカーナ州の州都フィレンツェから南に約60kmに位置する都市で、標高324mの丘の上に築かれています。かつては巡礼者の経由地として繁栄した都市で、やがて通商の中心として発展しました。

12世紀に自由都市として独立すると、貴族の富と権力を示すために宮殿の上に塔が作られ始め、その後、市民が皇帝派(ギベリン)と教皇派(ゲルフ)に分かれてしまったため、互いにより高く美しい塔を作ることで競い合いました。結果的に50mを超える塔が72も作られたものの、ペストと権力争いによって街が衰退すると、ここは交通の要衝から外され、16世紀以降は寂れた都市へとなってしまうのです。

その影響もあり、サン・ジミニャーノは13〜14世紀の町並みがよく保存されるようになり、50mを越える塔が現在でも14基残っています。

ドゥオーモ(サンタ・マリア・アッスンタ参事会聖堂)

ドゥオーモ(サンタ・マリア・アッスンタ参事会聖堂)/サン・ジミニャーノ歴史地区
画像素材:shutterstock

街の中心に位置する広場に面した建設物で、シンボル的存在。ここには12世紀にローマ皇帝エウゲニウス3世によって建設されたロマネスコ様式の聖堂が残ります。聖堂内には、かつて近隣のシエナを中心に活躍したシエナ派の芸術家によるフレスコ画などの芸術品が見られるのが特徴。

サン・ジミニャーノ歴史地区はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

サン・ジミニャーノ歴史地区
画像素材:shutterstock

サン・ジミニャーノが評価されたのが、以下の点。

登録基準(i)
歴史地区には、ドゥオーモのフレスコ画のように、14〜15世紀の中世イタリアの美術品が多く残るということ。

登録基準(iii)
サン・ジミニャーノは、広場や通り、住宅、宮殿、井戸、噴水まで、中世のイタリアの都市を構成するものが全て揃っていて、当時の暮らしがよく分かる都市であるという点。

登録基準(iv)
塔は公共の宮殿として建造されたもので、現在でも14もの塔が残っています。ここは中世のトスカーナ地方の街の景観をよく残す貴重な都市であるということ。

世界遺産マニアの結論と感想

サン・ジミニャーノは「塔の街」として有名ではありますが、これは当時の貴族たちが塔を競って建てた名残でもあり、現在も残る14の塔と旧市街は、中世の街そのものが保存されているという点で評価されています。

ちなみに、なぜこれだけ塔が高くなったのかというと、当時は塔を壊すときはそれよりも高い塔を作らなければならないとう法律が当時は存在していて、必然的に高くなっていったとされています。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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