イランの世界遺産「ソルターニーイェ」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(2),(3),(4)
登録年2005年

イラン北西部にあるソルターニーイェは、かつてイル・ハーン朝時代の首都であった場所。ここに残るオルジェイトゥ廟は、高さ約50mの八角形のドームと8つのミナレット(尖塔)を持つというペルシャ建築の傑作で、イスラム建築の発展において重要なもの。これはカザフスタンのホージャアフマド・ヤサヴィー廟やインドのタージ・マハルに影響を与えています。

ここではソルターニーイェがなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、ソルターニーイェについて詳しくなること間違いなし!

目次

ソルターニーイェとは?

ソルターニーイェ
画像素材:shutterstock

首都テヘランから北西へ約240km。ソルターニーイェはザンジャーン州の東部にある都市遺跡で、ここはイル・ハーン朝(1258〜1353年)の首都だった場所。イル・ハーン朝は、13世紀にユーラシア大陸を支配したモンゴル帝国の創始者チンギス・ハーンの孫であるフラグが創設し、イスラム教を国教にしたため、国内にはイスラム建築が多く建造されました。ソルターニーイェは8代皇帝オルジェイトゥ(1280〜1316)によって1302〜1312年に設立。彼が亡くなると、霊廟が建造され、それは革新的な建築様式が採用されたペルシャ建築の傑作でもあります。

霊廟の外観はほぼ崩壊していますが、8つのミナレットを備えていて、当時の構造や空間、装飾などが今でも見られます。高さ50mもある二重の青いタイルのドームは、屋根と天井が分かれていて、このタイプのドーム建築としては最古のもので、イスラム建築のドーム型天井のルーツ的な存在。これは中央アジアや西アジアのイスラム建築に影響を与えたもので、カザフスタンのホージャアフマド・ヤサヴィー廟やインドのタージ・マハルなども影響を受けています。

ソルターニーイェはどんな理由で世界遺産に登録されているの?

ソルターニーイェ
画像素材:shutterstock

ソルターニーイェが評価されたのが、以下の点。

登録基準(ii)
オルジェイトゥ廟の二重のドームや装飾の技術、素材の使い方など、セルジューク朝(1038〜1194年)からティムール時代(1370〜1507年)にかけて、中央・西アジアのイスラム建築のルーツ的な存在であるという点。

登録基準(iii)
ソルターニーイェは、イル・ハーン朝の古都であり、13〜14世紀の歴史を示す場所であるということ。

登録基準(iv)
オルジェイトゥ廟は、革新的な構造と空間、建築と装飾の様式と技術などが特徴的で、イル・ハーン朝時代のペルシャ建築の発展を示すものであるという点。

世界遺産マニアの結論と感想

ソルターニーイェに残るオルジェイトゥ廟は、イル・ハーン朝の首都であったことを示し、ドームや建築様式などで革新的なもので、これは後に中央アジアや西アジアのイスラム建築に大きな影響を与えたという点で評価されています。

ちなみに、ソルターニーイェとは「スルタンに関わるもの」という意味で、オルジェイトゥ自身はスルタンという称号もたなかったものの、「スルタンがいる場所ということは首都であるほどの価値がある」という意味でもありました。スルタンというのは、しばしば国王や皇帝などに訳されますが、19世紀になるとカリフの意味を付け加えることもあったりと複雑。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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