カザフスタンの世界遺産「ホージャ・アフマド・ヤサヴィー廟」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(1),(3),(4)
登録年2003年

カザフスタン南部のテュルキスタンは、巡礼地として有名な都市。ここはホージャ・アフマド・ヤサヴィーという12世紀のイスラム神秘主義の指導者の廟があり、1389〜1405年にかけて中央・西アジアに帝国を築いたティムールによって美しい聖廟へと改築されました。ここはティムール朝時代の最大の建築物であり、最も保存状態の良いものでもあります。

ここではホージャ・アフマド・ヤサヴィー廟がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、ホージャ・アフマド・ヤサヴィー廟について詳しくなること間違いなし!

目次

ホージャ・アフマド・ヤサヴィー廟とは?

ホージャ・アフマド・ヤサヴィー廟
画像素材:shutterstock

カザフスタン南部のテュルキスタンはかつてはヤシと呼ばれた都市。ここはホージャ・アフマド・ヤサヴィー(1103〜1166年)の廟があり、この地への巡礼は中央アジアでは聖地メッカへの巡礼に次ぐというほどの聖地で毎年数万人が訪れるというほど。アフマド・ヤサヴィーとは、中央アジアの遊牧民のイスラム化を進めた人物で、イスラム神秘主義の指導者でもありました。彼の死後、ここには小さな霊廟が築かれます。

中央・西アジアを征服してティムール朝を築いたティムール(1370〜1405年)は、この地を支配する際に周囲の遊牧民を考慮して、1389〜1405年にかけて聖廟とモスクが大改装されました。これらはペルシャからの職人によって築かれた長方形の霊廟で、高さは38.7mというティムール朝時代の最大の建築物となりました。緑色と金色のタイルで装飾された、中央アジアでも最大の円錐形のドームを持つのが特徴。北側の門などは幾何学模様を特徴としたタイルがあり、このタイル装飾は墓室まで続いています。

しかし、1405年にティムールが没すると、ここの改築作業は終わり、南側のイーワーン(門)とミナレットは未完成のまま放置。その後、この建築技術はティムール朝の首都であったサマルカンドに引き継がれていきます。

ホージャ・アフマド・ヤサヴィー廟はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

ホージャ・アフマド・ヤサヴィー廟
画像素材:shutterstock

ホージャ・アフマド・ヤサヴィー廟が評価されたのが、以下の点。

登録基準(i)
ホージャ・アフマド・ヤサヴィー廟は、ティムール朝の建築物でも傑作で、イスラム教の宗教建築の発展に貢献したという点。

登録基準(iii)
ホージャ・アフマド・ヤサヴィー廟と周辺の建造物は、中央アジアの文化と建築技術の発展を示すものであるということ。

登録基準(iv)
ホージャ・アフマド・ヤサヴィー廟は、ティムール朝時代の主要な建築物の原型であり、帝国の建築史においても重要なものであるという点。

世界遺産マニアの結論と感想

ホージャ・アフマド・ヤサヴィー廟は、ティムール自ら建造したということもあり、その後のティムール朝を代表する建造物の原型であり、建築技術の高さが今でも見られるという点で評価されています。

ちなみに、廟内は撮影禁止ですが、実際に墓石を撮影するとフィルムが白くなって写せなくなるというくらい聖なるパワーを持つとか。…ということなので、こっそりとスマホで撮影したら壊れるかもしれないので注意しましょう。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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