ボリビアの世界遺産「古都スクレ」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(4)
登録年1991年

ボリビアの中央部にある古都スクレ。実は、ボリビアの首都はラパスではありますが、憲法上はスクレになっているのです。16世紀前半にスペイン人によって設立され、司教座が置かれるとキリスト教の布教の中心地になりました。街には保存状態の良い宗教建築物が多く、先住民の伝統とスペインの建築様式が融合しています。

ここでは、古都スクレがなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、スクレについて詳しくなること間違なし!

目次

古都スクレとは?

画像素材:shutterstock

スクレはボリビア中央部のチュキサカ県に位置し、標高は2810m。1538年にスペインからやってきた“征服者”フランシスコ・ピサロの指示によって設立。当時はスクレという名前ではなく、シウダッド・デ・ラプラタ・デ・ラヌエバ・トレド(新トレドの銀の街)という名前で呼ばれていました。

ラ・プラタに大聖堂が設立され、司教座が置かれるとキリスト教の布教の中心地になりました。1825年になるとボリビアは独立し、この地が最初の首都に決定。そこで、ボリビア独立の父であり、初代大統領であるアントニオ・ホセ・デ・スクレの名前からとってスクレとなったのです。

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他のスペイン人の植民都市と同じように、格子状に道路が張り巡らされた都市構造。近くにあるポトシ銀山が開発されるとスクレで管理するようになると、多くの人々が移住するようになり、街は潤い、大学が設置されるなど文化の中心地になりました。

スクレの建物は、ルネッサンス、ムデハル(スペインのイスラム風建築)、ゴシック、バロック、新古典主義など、16〜19世紀にヨーロッパの建築様式に加え、先住民の伝統的な建築スタイルを組み合わせた、独特のスタイル。特に1621年に建設された「自由の家」は、1825年にボリビア独立の調印がされた場所であり、ボリビア人によっては重要な場所になっています。

古都スクレはどんな理由で世界遺産に登録されているの?

画像素材:shutterstock

スクレが評価されたのが、以下の点。

登録基準(iv)
旧市街は、ヨーロッパの建築様式と先住民の伝統が組み合わさった優れた建築物で構成され、現在でも保存状態がよいという点。

世界遺産マニアの結論と感想

スクレは、ポトシ銀山を管理することによって繁栄し、ヨーロッパの優れた建築様式と地元の伝統的な建築様式をフュージョンさせた建築物が多く作られました。現在も保存状態もよく、各時代の建築物が街の歴史を物語っているという点で評価されています。

ちなみに、現在のスクレはもはや首都機能はほぼ持っておらず、ラパスが事実上の首都となっています。しかし、最高裁判所だけはなぜかスクレにあります。控訴を続けると、いずれかはスクレまで行かなくてはならなくなるのでかなり面倒ですが、その裁判への熱意が試されるところですね。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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