コートジボワールの世界遺産「コートジボワール北部のスーダン様式モスク群」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(2), (4)
登録年2021年

コートジボワール北部はかつて大西洋の海岸からサハラ砂漠の南方を支配していたマリ帝国の領土で、この地方にはマリ帝国のトンブクトゥやジェンネで流行したスーダン様式を取り入れたモスクが点在。かつては数百もあったとされますが、登録されている8つのモスクはその中でも保存状態が良いもの。

ここではコートジボワール北部のスーダン様式モスク群がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、スーダン様式モスク群について詳しくなること間違なし!

目次

コートジボワール北部のスーダン様式モスク群とは?

画像素材:Saindou KANGOUTE(Wikimedia Commons)

コートジボワール北部は、サバンナ地帯になっていて、文化としては国境を接するマリなどから影響を受けていました。よって、古くからイスラム教徒の割合が多いエリア。この地域は12〜17世紀に繁栄したマリ帝国の支配を受けていたこともあり、特にマリ帝国のジェンネで流行した12〜14世紀の泥とバットレス(控壁)、骨組みが突き出るというスタイルのミナレットが見られる、スーダン様式のモスクが各地に建造されていきました。

これが砂漠から南方へ広がり、20世紀初頭には各町で数百はあったとされますが、現在は20ほど残り、その中でも保存状態の良い8つのスーダン様式のモスクが世界遺産に登録。ここには11〜19世紀にかけてイスラム商人や学者が南方のサバンナ地域まで、イスラムの文化を拡大させたという証拠でもあります。

コートジボワール北部のスーダン様式モスク群はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

スーダン様式モスク群が評価されたのが、以下の点。

登録基準(ii)
スーダン北部に点在する8つのモスクは、イスラム商人がサハラから交易路を拡大し、イスラム文化をこのエリアに広めたというう証拠であるという点。

登録基準(iv)
登録されている8つのモスクは、マリ帝国で確立されたスーダン様式の影響を受けていて、ジェンネの泥とバットレス、骨組みが剥き出るという構造が採用されているということ

世界遺産マニアの結論と感想

このスーダン様式のモスクは、かつて砂漠の交易で繁栄したマリ帝国の交易路と領土拡大で伝えられた建築様式で、これらのモスクがあることから、帝国の優れたイスラム文化がこのエリアにも伝わったということを示すという点で評価されています。

ちなみに、モスクは「スーダン様式」となっていますが、マリ帝国でなぜスーダン?と思う人もかもなので説明すると、スーダン西部はサハラ砂漠の東端でもあり、ここで発達した泥を使ったタイプのモスクが砂漠を越えて西へと伝えられていったとされています。しかし、マリ帝国自体資料も乏しいので、そのあたりはハッキリとしたことが言えないのも事実…。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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