チリの世界遺産「バルパライソの海港都市の歴史的街並み」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(3)
登録年2003年

チリの首都サンティアゴ・デ・チレから西へ120km。太平洋に面した港湾都市は、19世紀後半の美しい建築物が多く残っています。街は港に沿って円形劇場のようになっており、その丘の斜面にはカラフルな家々が並び、教会の尖塔が点在するという独特の町並み。そして、丘の中腹を行き来するエレベーターなど、歴史の深いインフラもきちんと保存されているという点も評価のポイント。

ここでは、バルパライソの海港都市の歴史的街並みがなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、バルパライソについて詳しくなること間違なし!

目次

バルパライソの海港都市の歴史的街並みとは?

画像素材:shutterstock

チリ中部、太平洋岸に位置するバルパライソは19世紀後半から20世紀初頭に繁栄した港湾都市。位置としては、大西洋からマゼラン海峡を経由して太平洋を抜けるという航路上にあり、経由地として活躍しました。

もともとは小さな村だったのに、1818年に街が設立されるとすぐに拡大。しかし、1914年のパナマ運河の開通後は、ここを利用する船も減り、衰退していきました。しかし、当時の産業遺産は現在も残っており、街はさまざまな民族や人種が集まるグローバリゼーションの先駆け的存在ではありました。

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バルパライソの街は、海に面してすり鉢状の地形になっていて、傾斜地に沿ってカラフルな建築物が作られていったという特殊な構造。港から放射状のように坂道が延びていき、まるで円形劇場のような造りになっています。その中でも有名なのはサントドミンゴの丘で、頂上には16世紀に建造されたという教会も残存。バルパライソは急な傾斜が多いため、「アセンソール」という傾斜式のエレベーターが16ヶ所も設けられ、丘の上に駅が設置されるという独特の景観になりました。

港町ということで、多くの移民が住んでいたというのもポイントで、他の南米の都市に比べて国際色が強く、さまざまな建築様式が取り入れられ、街に残るカラフルな建築物はバルパライソのアイデンティティともいえます。スペインや先住民が中心だった社会が激変し、教育、新聞、スポーツなど、移民による影響はさまざまな方面に及びました。

バルパライソの海港都市の歴史的街並みはどんな理由で世界遺産に登録されているの?

画像素材:shutterstock

バルパライソが評価されたのが、以下の点。

登録基準(iii)
南米の主要な港湾都市であり、19世紀後半に既にグローバリゼーションが各所で見られる街だったという点。

世界遺産マニアの結論と感想

南米には、さまざまな文化が混じった都市がありますが、ここは特に多国籍の雰囲気が強い街。丘に並ぶカラフルな家々は南米であってアフリカの家のようであり、ヨーロッパの教会建築のような壮麗なファサードも見られ…まさにグローバリゼーション。

ちなみに、簡易ケーブルカーのアセンソールは、一番古いものはなんと1855年に建造されたもの。これは現在でも稼働しており、サンフランシスコに世界初のケーブルカーが設置されたのが1873年なので、バルパライソは古くから最先端の技術が取り入れられた街であったのです。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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