ドイツの首都であるベルリンは、政治と経済の中心というだけでなく、世界有数のコンベンション都市。アートや音楽も盛んで、モダンな町並みの中に文化施設がいっぱい!そんなベルリンにはどんな世界遺産があるでしょうか?
ここでは、ベルリンの世界遺産を世界遺産マニアが一覧にして分かりやすく解説。それぞれの遺産を簡潔に解説していきましょう。
ベルリンのムゼウムスインゼル(博物館島)

市街を流れるシュプレー川に浮かぶ中洲であるシュプレー島。この島の北西部は、ムゼウムスインゼル(博物館島)と呼ばれる、1824年から1930年の間に築かれた5つの博物館と美術館が並ぶエリアがあり、旧博物館、新博物館、旧国立美術館、ボーデ美術館、ペルガモン博物館などで構成されています。
1841年にフリードリヒ・ヴィルヘルム4世が一帯を「芸術と科学の聖域」に指定し、1930年までさまざまな博物館と美術館が建造され、現在のような博物館島が完成。ここは建築物そのものも美しいですが、コレクションを含めての空間も評価されています。
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ポツダムとベルリンの宮殿群と公園群



ベルリン南西部にある宮殿群、そして、郊外の都市・ポツダムの北東にある宮殿群が合わせて世界遺産として登録されています。ここには、1730年から1916年にかけて150もの宮殿と庭園が築かれ、これらは自然を取り入れながら築かれたもの。
有名な宮殿はポツダム県にありますが、ベルリン南西部のシュテーグリッツ=ツェーレンドルフ区にある宮殿や公園なども世界遺産に登録。構成資産の一つ「孔雀島」には、ローマ遺跡風の木造宮殿も残ります。
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バウハウス(ベルリン校)/ヴァイマル、デッサウ及びベルナウのバウハウスとその関連遺産群



バウハウスとは、近代建築四代巨匠の一人であるヴァルター・グロピウスが開いた総合造形学校。彼は、中世の頃は芸術家と建築家が力を合わせて建築物を作成していたという例にならい、芸術を組合わせて建築を完成させるということを理想として、それを体現したもの。
バウハウスは、1932年にデッサウから首都ベルリンに移転するも、マイヤーが校長時代から共産主義者の多いというイメージを持たれ、ナチス・ドイツによって1933年に閉鎖させられてしまいます。世界遺産としては、1928〜1930年にかけてマイヤーによって建造された、バウハウスのお手本的な時建造物「ADGB商業組合学校」が登録。
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ベルリンのモダニズム集合住宅群



ベルリンは19世紀後半から人口増加ということもあり、低所得者たちが暮らすスラムも多く発生し、都市問題に悩まされていました。その対策として「ジードルング」という集合建築が建造され、これらはモダニズムの建築家たちが設計に多く参加していました。
ベルリンにも多くの集合住宅が建造されましたが、その中でも新しい素材やデザインなどを採用された革新的な6つの公共集合住宅が世界遺産として登録されています。その中でも、ガルテンシュタット・ファルケンベルク(1913〜1916年)、シラーパークのジードルング(1924〜1930年)、ベルリン市ブリッツの馬蹄形住宅(1925〜1930年)、カール・レギーンの住宅都市(1928〜1930年)は近代建築四代巨匠の一人ブルーノ・タウトが担当。
世界遺産マニアの結論と感想
ベルリン市の世界遺産としては、4つの世界遺産が登録されています。ベルリン自体は歴史ある都市ですが、世界遺産は建築史において重要な革命的な建造物や博物館など、文化にまつわるものが多いというのベルリンらしいですね!
※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。