奈良県の世界遺産候補「飛鳥宮跡(伝飛鳥板蓋宮跡)」とは?復元されている?世界遺産マニアが解説

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登録区分(暫定リストに記載)文化遺産
登録基準(暫定リストに記載)(2),(3),(4),(5),(6)
申請年(暫定リストに記載)2007年

飛鳥宮跡(伝飛鳥板蓋宮跡、でんあすかいたぶきのみや)は「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」の構成遺産の一つ。ここは飛鳥時代、何度か宮殿として利用された場所で、当時の宮殿の構造がよく分かります。ところで、飛鳥京跡はなぜ世界遺産候補なのでしょうか?

ここでは飛鳥宮跡がなぜ世界遺産候補なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、飛鳥宮跡について詳しくなること間違なし!

目次

飛鳥宮跡(伝飛鳥板蓋宮跡)とは?

そもそも「飛鳥京跡」とはどこを示す?

飛鳥宮跡

奈良県明日香村岡にある「飛鳥京跡」。実は飛鳥京の調査は1959年から始まったということもあり、本格的に研究されたのは最近でもあります。よって、発掘調査が進んで初めて分かることがあり、もともとは現在の飛鳥京跡にあった遺跡は古来から「伝飛鳥板蓋宮跡」と呼ばれ、645年に乙巳の変(大化の改新)が起こった板蓋宮(いたぶきのみや)があった場所とされていたのですが、実際に掘り進めると、いくつもの異なる遺構が重なっていることが判明。

時期としては、

I期:飛鳥岡本宮(630〜636年)
II期:飛鳥板蓋宮(643〜645、655年)
III期:後飛鳥岡本宮(656〜660年)、飛鳥浄御原宮(672〜694年)

この3つの遺構が見られることから、板葺宮だけがあった場所ではなかったため、2016年に名称を「飛鳥京跡」に変更したという経緯があります。しかし、飛鳥時代の宮殿は奈良県以外にも点在していて、ここだけを「飛鳥宮」と呼ぶには難しいところはありますが、奈良県や明日香村としては、この3つの宮殿があった遺跡を「飛鳥京跡」として名付けています。

飛鳥岡本宮と飛鳥板蓋宮

飛鳥宮跡

まず、古代の天皇は即位すると、居住地(宮殿)を移動するという風習がありました。

欽明天皇(じょめいてんのう、593?年〜641年)が即位した際に、630年にこの地で初めて宮殿が築かれ、当時は岡本宮(おかもとのみや)と呼ばれました。しかし、636年に火災で消失。642年には女性天皇である皇極天皇(こうぎょくてんのう、594〜661年)が大臣であった蘇我蝦夷に新宮殿の建設を依頼。その後、すぐにクーデターである乙巳の変(いっしのへん)が発生すると、皇極天皇が退位して、孝徳天皇(こうとくてんのう、596〜654年)が難波(大阪)に都をおいたため、ここは宮殿としての機能は失われました。

しかし、孝徳天皇が崩御すると、皇極天皇は斉明天皇(さいめいてんのう)として655年に再度即位したものの、火災によって消滅しました。そして、656年にこの地で再建されたのが後飛鳥岡本宮。これは660年に火災に遭ってしまい、失われるも遺跡からは一部残って入ります。

飛鳥浄御原宮

飛鳥宮跡

672年に天武天皇(?〜686年)が建造したのが飛鳥浄御原宮(あすかのきよみはらのみや)で、ここは20年以上に渡って利用しました。現在の遺構はこの時代のものが多く、天皇の居住空間は後期岡本宮を再利用していて、役所や庭園などの施設もありました。

敷地の南側では、2004年には高床式建物の跡が発見されたことから、ここが御原宮の正殿であったと判明。正殿は東西に約24m、南北に約12mの建物が中央にあり、東西には小さな建物があったとされています(現在は遺構のみ)。

飛鳥宮跡(板蓋宮跡)はどんな理由で世界遺産に登録される予定なの?

飛鳥宮跡

日本政府が提出したの暫定リストに記載されている登録基準としては、以下の点。
※これらは2007年に暫定リストに記載された、日本における基準です。

登録基準(ii)
文化の交流を示すもの

登録基準(iii)
現存or消滅した文明の証拠

登録基準(iv)
人類の歴史を象徴する建築物の代表的な段階や景観の見本

登録基準(v)
伝統的集落や人類と環境の交流の見本

登録基準(vi)
人類史上に残る出来事や現存する伝統、思想、信仰、芸術

世界遺産マニアの結論と感想

飛鳥寺の蘇我入鹿の墓

飛鳥時代はあちこちに宮殿があったので、平城京や平安京のように「飛鳥京」と扱うのには諸説あるのですが、宮殿としての規模は小さいものの、正殿からは後の大極殿へと繋がる構造が見られるという点で貴重なもの。

ちなみに、蘇我入鹿の首塚は飛鳥京跡の北部にポツンとあります。殺害されたのは、おそらく宮殿とされるのですが、首塚は飛鳥寺の境内の近くに位置。残念ながら世界遺産候補には入っていません。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1200以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定マイスター認定済。

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