イタリアの世界遺産「ため息橋」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(1),(2),(3),(4),(5),(6)
登録年1987年

ため息橋は「ヴェネツィアとその潟」の構成資産の一つ。ドゥカーレ宮殿の裏側に築かれた格子付きの橋で、観光名所として有名。ところで、ため息橋はなぜ世界遺産なのでしょうか?

ここではため息橋がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、ため息橋について詳しくなること間違いなし!

目次

ため息橋とは?

ドゥカーレ宮殿
画像素材:shutterstock

ヴェネツィアの中心部にあるサン・マルコ広場の東側には共和国時代に総督が住む邸宅として使用されていたドゥカーレ宮殿があります。16世紀には、ドゥカーレ宮殿の尋問室と裏側の牢獄へと結ぶ大理石の橋がかけられ、ここは格子の付いた窓が特徴。

この橋は一般的に「ため息橋(Bridge of Sigh)」と名付けられているものの、19世紀にイギリスの詩人バイロン(1788〜1824年)の物語詩『チャイルド・ハロルドの巡礼』において、初めてこのように呼ばれました。ここを通る受刑者は二度と外の景色が見られないことから「ため息をつく」と一般的に言われますが、実際は「一度入ったら出られなかった囚人」はほぼいなかったらしく、橋が建設されたころは牢獄も短期刑の囚人の利用が多かったとか。

ため息橋はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

ため息橋
画像素材:shutterstock

ため息橋が評価されたのが、以下の点。

登録基準(i)
潟(ラグーン)に浮かんでいるように見えるヴェネツィアは、世界でも建築物の傑作が並ぶ都市の一つであるという点。

登録基準(ii)
ヴェネツィアの都市構造は、アドリア海や東地中海の都市に大きな影響を与えたということ。

登録基準(iii)
かつて世界中の海と文化をつないだヴェネツィアは、現在でも存在し続けているという点。

登録基準(iv)
町にはヴェネツィア共和国時代の技術を示す建築物が多く残るということ。

登録基準(v)
ヴェネツィア周辺の潟(ラグーン)は、独特の生態系を持ち、これを利用した漁村や小屋、耕作地なども価値が高いという点。

登録基準(vi)
マルコ・ポーロが世界を地中海を越えて世界を冒険したように、ヴェネツィアの商人の開拓精神は、人類の歴史の発展に貢献したということ。

世界遺産マニアの結論と感想

ため息橋は、ドゥカーレ宮殿に付属した回廊であり、宮殿同様に美しい外観からはヴェネツィア共和国の繁栄が見られるという点で評価されています。

ちなみに、バイロンはイギリスのケンブリッジ大学に通っていた頃もあり、今でもキャンパス内には「ため息橋」と呼ばれる橋があります。一応、名前はヴェネツィアのオリジナル版から由来はしているのですが、学生が勉強についていけなくて溜息を付きながら渡ったから名付けられた…そんな噂もあるとか。

さらには、オックスフォード大学にも「ため息橋」がありますが、こちらはどちらかというと渡り廊下。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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