登録区分 | 文化遺産 危機遺産2003年〜 |
登録基準 | (3), (4) |
登録年 | 2003年 |
イラク北部に位置するアッシュール(カラト・シャルカト)は、紀元前30世紀には人が定住した形跡が残るほどに古い都市。ここはかつてアッシリア神話の最高神であるアッシュール神を祀る宗教施設があった場所で、大部分は砂に埋もれたものの、現在ではジッグラト(聖塔)や宮殿跡が見られます。
ここではアッシュール(カラト・シャルカト)がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、 アッシュールについて詳しくなること間違いなし!
アッシュール(カラト・シャルカト)とは?
首都バクダットから北西へ約390km。ここはかつてチグリス川を中心としたメソポタミア文明の北部にあり、アッシリアと呼ばれていたエリアにあります。アッシュールは、アッシリアの中心都市で、調査によると紀元前30世紀にはすでに人が住んでいたとされるほどに歴史のある都市。
ここはアッシリアで信仰されていたアッシュール神を祀る宗教都市でもあり、遺跡には神殿やジッグラト(聖塔)と呼ばれる宗教施設も見られます。その後、紀元前20世紀に古アッシリア帝国が成立すると、王宮が作られるも、紀元前18世紀にはメソポタミア南部にあったバビロニア帝国によって崩壊。新アッシリア帝国(紀元前912〜605年)時代も首都であり、アケメネス朝(紀元前550〜330年)時代やパルティア(紀元前247年頃〜224年)時代にも人が住み続け、周囲に中心都市でもありました。
しかし、3世紀以降は人が住んでいたことが確認できますが、14世紀になると都市が放棄され、遺跡となりました。
危機遺産
アッシュール遺跡の近くにはダムの建設計画があり、そのままだと水没する可能性があることから、2003年に世界遺産登録と同時に危機遺産に登録。ダム建設の計画は中断したものの、周囲はイスラーム国(ISIL)によって支配されたこともあることから、現在も安全のために危機遺産に登録されたまま。
アッシュール(カラト・シャルカト)はどんな理由で世界遺産に登録されているの?
アッシュールが評価されたのが、以下の点。
登録基準(iii)
アッシュールの歴史は紀元前3000年に遡るほどで、アッシリア帝国の最初期の首都であり、宗教都市でもあったという点。
登録基準(iv)
アッシュールの遺跡には公共施設や居住地もあり、ここはシュメール人が築いたアッカド帝国(前2334〜2154年)からアッシリア帝国、そして、パルティアの時代までの建築技術の発展が見られるということ。
世界遺産マニアの結論と感想
ここはまだまだ分からないことも多い遺跡ではありますが、都市としての歴史は5000年以上前にも遡り、何度も勃興するアッシリア帝国の首都であったこともあり、その後も宗教都市として人々が住み続けました。そして、ここは3500年以上にも渡って利用されたことで建築技術の発展も見られるという点で評価。
「アッシュール」という名は神であり、都市であったということで、これは土地そのものが神格化されたという説が濃厚。ちなみに、この名は相当に神格化されたらしく、例えば、新アッシリア帝国時のアッシュルバニパル王などでも「アッシュル」が使われていて、王様の名前にも使用されているほど。
※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。