ペルーの世界遺産「チャンチャン遺跡地帯」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産 危機遺産1986年〜
登録基準(1), (3)
登録年1986年

ペルー北西部にあるチャンチャン遺跡は、かつてこの地域を支配したチムー王国(900年頃〜1470年頃)の首都であった場所。ここは内陸部のインカ帝国に滅ぼされ、廃墟になりました。遺跡にはアドベ(日干しレンガ)の高い壁で築かれた「シウダデラ」と呼ばれる方形の区画が今でも残っていて、これは都市機能が分割されていたということを残す証拠でもあります。

ここではチャンチャン遺跡地帯がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、チャンチャンについて詳しくなること間違いなし!

目次

チャンチャン遺跡地帯とは?

チャンチャン遺跡地帯
画像素材:shutterstock

ペルー北西部ラ・リベルタ県のトルヒーリョ市郊外にあるチャンチャン遺跡。ここは複数の川の流域のある肥沃な土地で、かつて約1000kmもの海岸線を支配し、最盛期に人口が約10万人もの人口を誇ったチムー王国の首都でもありました。

都市の範囲は約20平方kmもあり、その中でも合計で約6万平方kmもある、高さ約10mもあるアドベで築かれた9つの長方形の区画は「シウダデラ」と呼ばれます。シウダデラには、神殿や住居、倉庫などの建物が配置されていて、ここは貯水池などが残され、当時の王の墓も置かれていました。アウディエンシアと呼ばれる王への貢物が置かれていた部屋には、それぞれテーマの異なるレリーフが残っています。市内には素材を加工する作業場、さらに都市の北部、東部、西部には、広大な農地と灌漑施設も発掘されていて、高度な都市機能が見られるのが特徴。

しかし、1470年頃に領土を拡大していたインカ帝国に滅ぼされ、ここは廃墟となりました。

危機遺産(危機にさらされている遺産)

沿岸のすぐ近くに位置する遺跡である上に、建造物は日干しレンガで建造されているということもあり、風化によって破壊が進んでいます。よって、1986年に登録と同時に危機遺産としても登録。

チャンチャン遺跡地帯はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

チャンチャン遺跡地帯
画像素材:shutterstock

チャンチャンが評価されたのが、以下の点。

登録基準(i)
ここはアメリカ大陸でも最大規模であり、先コロンブス期の日干しレンガで築かれた都市計画の傑作で、区画や居住空間などは階層別で差別化されていて、この地に成熟した社会組織ががあったということ。

登録基準(ii)
チャンチャンはペルー北部における1万1000年にわたる文化の発展や融合が見られ、消滅したチムー王国の最も代表的な都市です。ここは都市の象徴的な神聖な建築物とその技術、自然環境への適応が見られるという点。

世界遺産マニアの結論と感想

チムー王国の首都であったチャンチャンの遺跡は、アンデスのインカ帝国とはまた異なる文化があり、ペルー北部において1万年を越える都市計画の集大成のような都市。階級社会による住み分けがはっきりしていて、その建築物や技術、自然環境への適応なども含めて評価されています。

ちなみに、トルヒーリョは南米三大ダンスの一つマリネラの本場で、ここはマリネラ・ノルテーニャという独自のスタイルでも有名。毎年1月には世界大会が開かれているほど。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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