ドイツ・オーストリア・スロヴァキアの世界遺産「ローマ帝国の国境線-ドナウのリーメス(西部分)」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(2),(3),(4)
登録年2020年

ローマ帝国北の国境には、現在のドナウ川沿いが重なり、ここにはリーメスと呼ばれる防砦システムが約600kmに渡って築かれました。これらは小さな砦から入植地まで、当時のローマ帝国の辺境における独特の生活が見られるもの。

ここではローマ帝国の国境線-ドナウのリーメス(西部分)がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、ドナウのリーメス(西部分)について詳しくなること間違なし!

目次

ローマ帝国の国境線-ドナウのリーメス(西部分)とは?

画像素材:shutterstock

現在のイタリアのローマが起源のローマ帝国は、地中海世界を支配した後、西はドイツから東はスロヴァキアまで広がる「ゲルマニア」と呼ばれるエリアを征服しようとするのですが、なかなか攻略できず、ゲルマニアの南西部である、ゲルマニア・スペリオル(上ゲルマニア)を属州するまでに留まり、現在のドナウ川あたりが国境となったのです。

国境であるドナウ川沿いには、リーメス(長城)が建設され、見張り台や砦、軍駐屯地などが加わり、強化されていきました。もともとのリーメスは土の堤防だけ築かれたものでしたが、2世紀のトラヤヌス帝の時代になると石で囲まれるようになったのです。ドナウ川沿いのローメスは、西は現在のドイツのバイエルン州からオーストリア、スロヴァキア、ハンガリーを通り、ルーマニアまでに至る壮大なものでした。世界遺産として登録されているのは、ドイツとオーストリア、スロヴァキアの西部分の3カ国のみ。

しかし、4世紀にローマ帝国が東西に分裂すると、一部は保持されるもの、徐々に破壊されていきます。よって、国境線はほぼ残っていませんが、当時の監視塔や防御塔などの一部は遺跡として存在しています。

ローマ帝国の国境線-ドナウのリーメス(西部分)はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

画像素材:shutterstock

ドナウのリーメス(西部分)が評価されたのが、以下の点。

登録基準(ii)
ドナウ川沿いにリーメスが築かれることによって、帝国の他のエリアからの入植地が増えることで、現地の人々との交流が生まれたということ。

登録基準(iii)
600kmに及ぶドナウ川沿いのリーメスでは、現在も見張り台や要塞、軍駐屯地跡などが残っていて、当時のローマ帝国の中心から離れた辺境に国境線があったということを示すという点。

登録基準(iv)
ドナウ川沿いに築かれた見張り台や要塞、軍駐屯地跡など、ローマ帝国の辺境に築かれた独特の建造物が見られるということ。

世界遺産マニアの結論と感想

ドナウのリーメスは、ローマ帝国がゲルマニアに侵攻した後に築かれた国境線の役割があり、ここはローマ帝国の建築技術が見られるだけでなく、入植することによって現地の人々との交流が生まれたという点で評価されています。

ドナウ川沿いにはいくつか軍駐屯地がありますが、その中でもカルヌントゥムは考古学公園となっている遺跡。もちろん、ローマ軍のための砦があったのですが、ここはコハクを売る市場としての機能もありました。ローマ帝国時代には、コハクの需要がかなり高く、北欧からコハクを運ぶためのルートがあり、ここはそのルートの中継地であった様子が伺えるもの。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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