アフガニスタンの世界遺産「ジャームのミナレット」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(2), (3), (4)
登録年2002年

ジャームのミナレットとは、アフガニスタン中央部の渓谷沿いに築かれた高さ65mのミナレット(尖塔)のこと。これは12世紀にゴール朝時代に建造された建築物で、青いタイルやクーフィー体アラビア文字の刻印などの装飾が見られるもの。これだけ優美な建造物なのに、このミナレットの建造理由は今でも不明のままです。

ここではジャームのミナレットがなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、ジャームのミナレットについて詳しくなること間違なし!

目次

ジャームのミナレットとは?

画像素材:shutterstock

ジャームはアフガニスタン西部の中心都市ヘラートから東へ約215kmの位置する場所。ここにはハリー川とその支流のジャーム川の合流点にあるミナレット(尖塔)があります。高さは65m。基礎は八角形となっていてそこから耐火レンガを円筒型に重ねて建造したもの。外壁には青いタイル装飾、クーフィー体アラビア文字の刻印などが見られます。

ミナレットは12世紀にアフガニスタンからインドまで支配したゴール朝(11世紀前半〜13世紀前半)のスルタンであった、ギヤースッディーン・ムハンマドによって建造されたとされています。かつてここには夏の離宮やモスクがあったとされますが、なぜミナレットだけ残ったのかは今でも不明。その後、ゴール朝の軍人だったマムルーク(奴隷軍人)出身のクトゥブッディーン・アイバクがインドのデリーに奴隷王朝を開くと、このミナレットをモデルにして、同じく世界遺産に登録されているクトゥブ・ミナーレが建造されたというほど。

画像素材:shutterstock

世界遺産としてミナレット周辺の遺跡やユダヤ人の墓地、アラビア語の碑文なども合わせて登録。ミナレットは13世紀にゴール朝が滅亡すると忘れられますが、1958年にアフガニスタン人とフランス人の探検家によって発見されました。

危機遺産(危機にさらされている遺)

2001年にアフガニスタン侵攻以降、ミナレットは混乱による盗掘や破壊によって打撃を受けました。そして、ハリー川の浸水によっても水没の可能性もあることから、2002年に世界遺産に登録されて以降、ずっと危機遺産でもあります。

ジャームのミナレットはどんな理由で世界遺産に登録されているの?

画像素材:shutterstock

ジャームのミナレットが評価されたのが、以下の点。

登録基準(ii)
ジャームのミナレットの革新的な建築技法は、インドの建築の発展に重要な役割を果たしたということ。

登録基準(iii)
ジャームのミナレットと周囲の考古学遺跡は、12〜13世紀にこの地を支配していたゴール朝の発展を見ることができるという点。

登録基準(iv)
ジャームのミナレットは、アフガニスタン西部のイスラム建築と装飾の傑作であり、その建築技術の拡大のために重要な役割をあったということ。

世界遺産マニアの結論と感想

ジャームのミナレットは、その建造の目的は不明なものの、ゴール朝の存在と建築技術の高さを示し、それがインドのミナレット建築などにのモデルになったという点で評価されています。

ちなみに、奴隷王朝とはいいますが、実際にアイバクは奴隷出身の軍人(マムルーク)ではあるものの、イスラムでは「奴隷を解放すること」は善行であって、解放された奴隷は解放した主人の忠実な家来になるということが多かったのです。よって、単純に「奴隷」と訳するのは間違いだという人もいるほど。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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