登録区分 | 文化遺産 |
登録基準 | (2), (4) |
登録年 | 1997年 |
パキスタン北東部にあり、カハーン川沿いの丘の上に位置する要塞は、かつてインド北部を支配したスール朝(1539〜1555年)の創設者シェール・シャーによって建造されたもの。ここには世界最大級の岩塩鉱山があり、外敵や周囲の部族から保護するために4km以上に及ぶ堅固な要塞が築かれ、中央・南アジアにおけるイスラムの優れた軍事建築となりました。
ここではロータス・フォートがなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、ロータス・フォートについて詳しくなること間違いなし!
ロータス・フォートとは?
パキスタンの北東部パンジャーブ州に位置する要塞で、ここはインドとの国境近くにあるラホールからアフガニスタンとの境にあるペシャーワルの途中にあるため交通路を防衛するために建造されたもの。シェール・シャーは当時インド北部を支配していたムガル帝国(1526〜1539年、1555〜1858年)をペルシャに追い出したため、2代皇帝のフマーユーンによるインド帰還を防ぐという目的がありました。さらには周囲の部族がフマーユーンとの同盟関係にあることから彼らを牽制するのも目的も。
ここはカハーン川沿いが蛇行する箇所にある世界最大級の岩塩鉱山の上に築かれていて、城壁は4km以上、68の稜堡と12の門を持つ、堅固な要塞でした。城壁の厚さは最大で12m、高さは18mに達するほど。内部には階段井戸(バーオリー)で自給自足ができるようになっていて、モスクや宮殿(マハル)も建造されていました。ここは火薬と大砲の導入によって設計された要塞で、ひまわりをモチーフにした彫刻やムガル帝国時代初のタイル装飾、アラビア語をモチーフにしたカリグラフィーの装飾など、独特の装飾が見られます。
ロータス・フォートは、アフガニスタンの軍事建築の影響を受けつつ、インド独自の建築や芸術様式が融合し、これはムガル帝国の建築の発展に大きな影響を与えました。ロータス・フォートは19世紀まで利用され続けたため、インド亜大陸の中で最も保存状態の良い軍事建築であることが評価。
ロータス・フォートはどんな理由で世界遺産に登録されているの?
ロータス・フォートが評価されたのが、以下の点。
登録基準(ii)
ロータス・フォートは、アフガニスタンとインド亜大陸の建築と芸術様式を融合させ、ムガル帝国の軍事建築のモデルとなっていったという点。
登録基準(iv)
ロータス・フォートは、16世紀に建造された中央・南アジアのイスラムの軍事建築の優れた例であるということ。
世界遺産マニアの結論と感想
ロータス・フォートは、現在のアフガニスタンとインドに挟まれた地にあり、その両方の建築様式が組み合わされた傑作で、中央アジアから南アジアにおけるイスラムの軍事建築の傑作であるという点で評価されています。
シェール・シャーの統治期間は5年と短い期間の王ではありましたが、彼は貨幣制度の改革を行い、現在のインドの通貨であるルピーを最初に発行した人物として有名。ある意味、ムガル帝国はシェール・シャーの政治システムを大いに活用して成功したというのもあるのです。
※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。