チュニジアの世界遺産「スース旧市街」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(3),(4),(5)
登録年1988年

スースは、首都チュニスから南へ約140kmに位置する港町。ここは9〜10世紀のアグラブ朝の主要港として栄え、イスラム教の歴史において最初期の典型的なイスラム都市です。旧市街には要塞と宗教施設が合わさったリバトやグランド・モスク、カスバ(城塞)などが今でも残存。

ここでは、スース旧市街がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、スースについて詳しくなること間違なし!

目次

スース旧市街とは?

画像素材:shutterstock

スースは、チュニジアの中央部に位置するスース県の県都。ここは「サヘルの真珠」と呼ばれるほどに美しい町並みが広がっていて、旧市街はイスラム教初期の典型的な都市とされています。

町の歴史は古く、紀元前9世紀にフェニキア人によって築かれた「ハドルメントゥム」が起源。その後、現在のチュニスを拠点としたカルタゴ、ローマ、ヴァンダル族、ビザンツ帝国などの支配を受けると、7世紀には東からイスラム教の勢力が到来し、町を征服。この頃に「スーサ」と名付けられます。

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現在の旧市街(メディナ)は9〜10世紀のアグラブ朝時代に建造され、ここは主要港となり、町は大いに栄えました。しかし、18世紀になるとヴェネツィア共和国とフランスに征服され、町の名前は現在の「スース」と改名します。19世紀後半からはフランスの保護領となりますが、旧市街はそのまま残されました。

旧市街は海賊たちの驚異から守るために要塞設備を建造物が多く造られました。要塞と宗教施設が合わさったリバトやグランド・モスク、カスバ(城塞)などが今でも残存していて、スースの難攻不落の町という側面も見ることができます。

登録されている主な構成遺産

リバト

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旧市街の北側に位置し、8世紀に建造された砦を9世紀のアグラブ朝時代に修復し、軍事要塞兼イスラーム神秘主義の宗教施設となりました。ここはもともとは町の防衛やイスラム教の布教の拠点としての役割を持っていたものですが、やがてスーフィー(神秘主義者)の修行場としての側面が強くなってきたもの。

内部には35の部屋を持ち、モスクの機能も備えた施設となっています。高さ38mのミナレットもあり、監視塔としての役割を持っていました。

グランドモスク

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リバトの南東部に隣接する施設で、9世紀に築かれた広大なモスク。高さ8mの城壁で囲まれていて、宗教施設であると同時に軍事施設としての機能も持っていました。

スース旧市街はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

画像素材:shutterstock

スースが評価されたのが、以下の点。

登録基準(iii)
スースの旧市街は、リバトやモスク、城塞などを備えたものであり、初期イスラム都市の典型的な例であるということ。

登録基準(iv)
スースのリバトは、他の地域のリバトと比べても保存状態も良く、優れた例であるという点。

登録基準(v)
旧市街は、伝統的なイスラム建築と地中海沿岸の建築様式が組み合わされた優れた都市であり、周囲の開発も進んでいるため、保存すべき貴重な遺産であるということ。

世界遺産マニアの結論と感想

スースは、要塞と礼拝所としての機能を組み合わせた建築物が多く、地中海伝統の建築様式を混ぜながら発展した初期のイスラム都市の典型的な例であるという点で評価。そして、スースのリバトは他のイスラム諸国のものと比べると優れているというのがポイント。

ちなみに、スーフィーズムといと、メヴレヴィー教団の回旋舞踊のようにクルクル回っているイメージですが、あれはあくまでも修行の一環であり、アッラーを思うことだけにひたすら集中しているということなのです。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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