エストニアの世界遺産「タリン歴史地区」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(2),(4)
登録年1997年

エストニアの首都タリンはバルト海に面した町です。13世紀にドイツ騎士団によって城が造られたことが町の起源。中世にはハンザ同盟の都市として貿易で栄え、旧市街には火事や戦乱などを重ねながらもドイツ人商館や教会、市庁舎など、さまざまな建築物が築かれ、これらは現在も残っています。

ここでは、タリン歴史地区がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、タリンについて詳しくなること間違なし!

目次

タリン歴史地区とは?

画像素材:shutterstock

タリンはバルト海沿岸にあり、保存状態の良い旧市街があります。石灰岩の丘の上とその周囲に町が築かれ、13〜16世紀にハンザ同盟都市として栄えた貿易都市。

町は2つのエリアに分けられており、丘の上には城と大聖堂があり、トームピアと呼ばれる行政の中心地でした。そして、その周囲に広がる下町は曲がりくねった道が続くエリア。町は城壁、市庁舎、薬局、教会、修道院、ギルト館など、13〜14世紀に築かれた当時の町並みが今も残ります。非常に保存状態がよく、北欧の貿易都市の構造を現在でも見ることができるのが特徴。

登録されている主な遺産

トームペア城

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トームペアの丘の上にある城。11世紀には木造の城があったのですが、13世紀にドイツ騎士団によって要塞として建設されました。その後、増改築を繰り返し、20世紀末からは国会議事堂として使用されています。南側の塔は高さがあることから「のっぽのヘルマン」と呼ばれていてシンボル的存在。

市庁舎広場

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旧市街の中心部にある13世紀に建築された市庁舎を中心とした広場。市庁舎はゴシック様式の建設物で、バルト海やスカンジナビア半島の中でも、最も古い市庁舎として知られています。

太っちょマルガレータ

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旧市街の北側に位置する、大きな塔で砲台として使用されていたもの。16世紀に完成したもので、直径は約25mもあります。名称はかつて監獄として使用されていた時代にマルガレータという女性がいたことから由来するなど、ハッキリとは分かっていません。ロシア革命の際に破壊され、廃墟とされていましたが、その後再建され、現在は海洋博物館として利用されています。

三人姉妹

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旧市街を南北に貫くピック通りにある3軒並んだ家のこと。なんとこの家々は14世紀から人が住んでいたという記録が残るほどに古い建築物。19世紀にはゴシック・リバイバル様式に改築されました。現在は古民家ホテルとなっていて、中世の雰囲気あふれる館内は旅行者に大人気。

タリン歴史地区はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

画像素材:shutterstock

タリンが評価されたのが、以下の点。

登録基準(ii)
13〜16世紀のハンザ同盟都市には、ドイツ騎士団や修道会など、さまざまな文化が交流したことから独自のキリスト教文化が形成され、北欧各地に広まっていったという点。

登録基準(iv)
ハンザ同盟都市として、町には要塞と城塞で囲まれた建築物の風景が見事に調和されているという点。

世界遺産マニアの結論と感想

タリンはかつてハンザ同盟都市として栄えた影響で、さまざまな文化が入ってきました。ドイツ騎士団や修道会など、独自のキリスト教文化がタリンから北欧に広まったという点で評価。旧市街は通商都市と要塞都市のコラボレーションも見事であるというのもポイント。

ちなみに、こんだけ旧市街をプッシュしたわけですが、現在のタリンは「バルト海のシリコンバレー」と呼ばれるほどIT産業が盛んな町なのです。実はSkypeが開発されたのもタリンなんですよ。今も昔も人と人を結びつけるのがタリンという町の特徴のようです。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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