イタリアの世界遺産「ヴィッラ・アドリアーナ(ティヴォリ)」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(1), (2), (3)
登録年1999年

ローマ近郊にあるティヴォリは、2世紀にローマ皇帝ハドリアヌスによって築かれた別荘跡があります。領土内に多くの建造物を作り出したハドリアヌスが手掛けただけあって、別荘はエジプト、ギリシャ、ローマのさまざまな建築技術が詰まった「理想郷」のような豪華絢爛な邸宅でした。

ここではヴィッラ・アドリアーナ(ティヴォリ)がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、ヴィッラ・アドリアーナについて詳しくなること間違いなし!

目次

ヴィッラ・アドリアーナ(ティヴォリ)とは?

ヴィッラ・アドリアーナ(ティヴォリ)
画像素材:shutterstock

首都ローマから東へ約30kmに位置するティヴォリは、古代ローマから貴族たちのリゾート地として知られ、別荘などが建設された地でありました。ローマ帝国最盛期の皇帝で、五賢帝の一人であったハドリアヌスは、118年からこの地に広大な別荘を作り始め、完成したのは133年。

敷地内には、30もの建築物があり、大きく4つのグループに分けられています。彼は皇帝として帝国内を視察して巡ったため、その時に訪れた地の建造物なども導入。有名なのはエジプトのアレキサンドリアとカノプス(現在のアブー・キル)を結ぶ運河をイメージしたカノプスというエリア。さらに、ギリシャのアテネのアゴラにあるストア・ポイキレ(彩色柱廊)を模した貯水湖・ポイキレなど、まさに彼にとっての「理想郷」を作り上げました。

ヴィッラ・アドリアーナ(ティヴォリ)
画像素材:shutterstock

しかし、138年にハドリアヌスの死後は、3世紀までは利用され続けたとされますが、その後は廃墟に。15世紀に再発見されると、ルネサンスの建築家ピッロ・リゴーリオが発掘。彼はこの別荘の様式を自らの建築にも取り入れ、豪華な別荘を設計しました。やがてこれらはバロック建築へと影響を与え、現在でも建築家やデザイナーでもそのデザインは取り入れられています。

ヴィッラ・アドリアーナ(ティヴォリ)はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

ヴィッラ・アドリアーナ(ティヴォリ)
画像素材:shutterstock

ヴィッラ・アドリアーナが評価されたのが、以下の点。

登録基準(i)
ヴィッラ・アドリアーナは、古代の地中海世界のさまざまな文化を集めた傑作でもあるという点。

登録基準(ii)
ヴィラ・アドリアーナの再発見はルネサンス期やバロック期において重要な役割を果たし、19〜20世紀の建築家やデザイナーに影響を与えているということ。

登録基準(iii)
ヴィラ・アドリアーナは、ハドリアヌス帝が帝国を巡り、様々な文化を取り入れて建造した複合施設で、これらは彼の趣味や知識を示しているという点。

世界遺産マニアの結論と感想

ヴィッラ・アドリアーナは、ローマ帝国で最も繁栄した時期の皇帝の別荘なだけあり、帝国内のさまざまな景観をモチーフにしていて、遺跡はハドリアヌスの趣味や知識などが見られるという点で評価。そして、15世紀に再発見されると、この別荘の建築様はルネサンス、バロック、現代まで多大な影響を与えているというのもポイント。

ハドリアヌスは、イギリスのハドリアヌスの城壁で有名ではありますが、お風呂好きという一面も。漫画 『テルマエ・ロマエ』でもテルマエ(浴場)好きとして登場しましたが、実際にお風呂大好きだった様子で、ローマの大浴場にも個別に訪れるほど。そこで困窮している老人の入浴料を払ってやったというエピソードがあったりします。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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