メンカウラー王(在位:紀元前2532年頃〜紀元前2503年頃)は、ギザで3つ並ぶピラミッドの中でも一番小さいピラミッドを築いた人物として有名。彼の治世はエジプトが衰退していった時期とされていますが、メンカウラー王とはどういった人物だったのでしょうか?
今回はメンカウラー王がどんな人物だったかを世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、メンカウラー王について具体的に理解できること間違いなし!
メンカウラー王とはどんな人物?

首都カイロ市の南西部にあるギザの台地には、第4王朝(紀元前2613年頃〜紀元前2498年頃)のファラオであるクフ王、カフラー王、メンカウラー王の三大ピラミッドが並び、その中でもメンカウラー王のものは南西に位置します。
彼のピラミッドは他のピラミッドと比べると半分ほどの高さです。古代ギリシャ世界では祖父であるクフと父であるメンカウラーは暴君であり、彼自身は善政を行ったため、ピラミッドも小規模にしたという伝承がありますが、あくまでも彼が生きていた時代から2000年も経過した時の記録でもあり、疑わしいところ。治世の時期もはっきりとはしておらず、同時代の落書きからは22年以上は続いてたとされ、あまり長い期間ではなかったと考えられています。
一方、葬祭殿では彼を象った彫像やその破片が発見されていて、父のカフラー王と同じく、筋骨隆々の人物として刻まれていて、神々と並ぶその姿は絶大な権力を持つ君主の姿が見られます。
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メンカウラー王のピラミッド/エジプト



現在の高さは62mと、他のピラミッドと比べると半分ほどの高さ。紀元前2510年ころに築かれたとされますが、12世紀にアイユーブ朝のスルタンによって破壊が命令され、切石が徐々に覗かれると、やがて北面に大きな垂直の裂け目ができるも破壊はできませんでした。
1837年にハワード・ヴァイスというイギリスの軍人が玄武岩の棺を発見し、中には遺体の一部が入っていたとされるも、現在は行方不明。しかし、これは後世に入れられたもので、それほど古くないと学者たちは推測しています。
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世界遺産マニアの結論と感想
メンカウラー王のピラミッドだけが他の2つのピラミッドよりも小さいという点から、国力の衰退が考えられますが、その理由は今でも不明。しかし、彼の彫像は多く発見されていて、雄雄しい姿であるものの、彼の治世はまだまだ謎に包まれています。
※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。