サウジアラビアの世界遺産の数はいくつある?それぞれを一覧にして世界遺産マニアが解説

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サウジアラビアはアラビア半島の約8割を占める広大な国家。石油大国である一方、メッカとメディナというイスラム教にとって2大聖地があることで有名で、人々は厳格なイスラム教の戒律を守り続けています。そんなサウジアラビアの世界遺産はいくつあるでしょうか?

ここでは、サウジアラビアの世界遺産を世界遺産マニアが一覧にして分かりやすく解説。それぞれの遺産を簡潔に解説していきましょう。

目次

アル=ヒジュルの考古遺跡(マダイン・サーレハ)

アル=ヒジュルの考古遺跡(マダイン・サーレハ)/サウジアラビアの世界遺産
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サウジアラビア北西部にあるアル=ヒジュルの考古遺跡は、もともとマダイン・サーレハ(サーレハの街)と呼ばれ、クリアーンではアル=ヒジュル(岩だらけの場所)として呪われた地と信じられてました。

実際は、紀元前1世期〜紀元1世紀に現在のヨルダン西部を中心に栄えたナバテア王国の遊牧民が住んでいた都市。そして、ナバテア人が住む前にも人々が住んでいて、約50の碑文といくつかの洞窟壁画も残っています。アル=ヒジュルには、なんと111の墓石があり、そのうち94が装飾が残るもので保存状態も良好。

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ディルイーヤのツライフ地区

ディルイーヤのツライフ地区/サウジアラビアの世界遺産
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首都リヤドの北西部にあるディルイーヤは、第一次サウード王国時代の首都であり、現在のサウジアラビア王国の王族であるサウード家のルーツでもある場所。ここは15世紀に建造されたとされ、18〜19世紀になるとオアシスの大都市として栄え、政治と宗教において大きな役割を持っていました。

現在は廃墟となっているツライフ地区には、宮殿や官庁が置かれ、アラビア半島のオアシス独特の建築様式である「ナジャディ様式」の邸宅が見られます。

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メッカへの入り口、歴史都市ジッダ(ジェッダ)

メッカへの入り口、歴史都市ジッダ(ジェッダ)/サウジアラビアの世界遺産
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ジッダはサウジアラビア西部のマッカ州(メッカ州)は、内陸にあるイスラム教最大の聖地であるメッカの玄関口。

19世紀後半に商人たちに築かれた伝統的な邸宅やサンゴを使った家々などが並ぶ、文化都市としても発展してきました。1869年にスエズ運河が開通すると、地中海とインド洋を結ぶ海上交易でも繁栄。

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サウジアラビアのハーイル地方の岩絵

サウジアラビアのハーイル地方の岩絵/サウジアラビアの世界遺産
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サウジアラビア中北部のハーイル州。州都であるハーイル市の郊外にあるジュッバの「ジャバル・ウンム・シンマン」と、シュウェイミスの「ジャバル・アル=マンジュール」と「ジャバル・ラアト」には1万年に渡って描かれた岩絵が残ります。

特に「ジャバル・ウンム・シンマン」は、ウンム・シンマンの丘の麓にあった湖近くにあり、ナルフド砂漠の南部に住んでいた人や動物が集まる地で、そこには数多くの岩絵や碑文が残され、1万年に及ぶ歴史を示しています。

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アハサー・オアシス、進化する文化的景観

アハサー・オアシス、進化する文化的景観/サウジアラビアの世界遺産
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サウジアラビア東部州の町ブフーフの周囲に広がるオアシスは、西はダハナー砂漠、南はルブウアルハーリー砂漠、東は海に囲まれた地。ここは250万本ものナツメヤシを持つ、世界最大級のオアシスであります。

庭園、運河、泉、井戸、灌漑用の湖、モスク、要塞など、ここは新石器時代から現在まで定住の足跡が残り、砂漠環境の中でも人々が暮らしてきたという文化景観が見られるもの。

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ヒマー・ナジュラーンの文化的岩絵群

ヒマー・ナジュラーンの文化的岩絵群/サウジアラビアの世界遺産
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イエメンとの国境近くにあるナジュラーンは、古来からアラビア半島の交易で栄えた都市。ナジャラーンから約100km北方にあり、ヒマーの岩山には、少なくとも7000年以上前のものとされる、動物や狩猟の様子が描かれた岩絵が残っています。

周囲にはオアシス都市であった時代の遺構も残っており、かつての繁栄が見られるのも特徴。

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ウルク・バニ・マアリッド

ウルク・バニ・マアリッド/サウジアラビアの世界遺産
画像素材:HelmutBoehm(Wikimedeia Commmons)

サウジアラビアの南部に位置するルブアルハリ砂漠は、アラビア半島南部の3分の1を占める世界最大級の砂漠。その中でも西端に位置するウルク・バニ・マアリッドは、首都リヤドから南へ約700kmの位置にあり、イエメンとの国境沿いにあるナジュラン市から北へ約300kmの位置に広がる砂漠地帯でもあります。

ここは野生種が絶滅したアラビアオリックスの再生プログラムが行われています。現在は保護区となっていて、厳しい砂漠環境で生息する貴重な動植物が見られるのが特徴。

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アル=ファウ考古地域の文化的景観

アル=ファウ考古地域の文化的景観/サウジアラビアの世界遺産
画像素材:Wikipedia Commons

アラビア半島の中央部に位置し、世界最大級の砂漠・ルブアルハリのすぐそばに位置するオアシス都市遺跡。古代の交易において、アラビア半島南部でのみ収穫された乳香は非常に貴重で、この地には半島を南北に横断するキャラバンの交易路があり、アル=ファウはこのルートの経由地でもありました。

ここはかつてこの地域に存在しキンダ王国(フジュル朝、450年頃〜550年頃)の首都であった場所で、砂漠の中でも農業が可能なオアシスでした。そして、イスラム以前の神であるカールが崇拝されていて、宮殿のフレスコ画やさまざまな古代文字の碑文が発見されたりと、貴重な遺跡です。

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世界遺産マニアの結論と感想

サウジアラビアは国土のほとんどが砂漠だけあるものの、実は文化遺産が豊富で合計で8件も登録されています。これらの遺産は、サウジアラビアの歴史をよく反映したものなので、それぞれを訪れると、この国の成り立ちがよく理解できますよ!

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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