登録区分 | 文化遺産 |
登録基準 | (1), (2), (3), (4), (6) |
登録年 | 1980年(1990年拡大) |
サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂は「ローマ歴史地区、教皇領とサン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂」の構成資産の一つ。ここはキリスト教を広く布教した聖パウロの墓であるとされていて、現在は再建されたものの、かつては広大な大聖堂でした。ところで、サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂はなぜ世界遺産なのでしょうか?
ここではサン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂 について詳しくなること間違いなし!
サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂とは?
ローマの中心部の南側にある大聖堂。サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂とは「城壁外の聖パウロ大聖堂」という意味で、ローマの五大バジリカの一つ。ここはキリスト教などを皇帝として初めて認めた皇帝コンスタンティヌス1世(在位:306〜337年)によって、聖パウロの墓を祀る聖堂として建造。その後、テオドシウス1世(在位:379〜395年)によって大規模な聖堂となり、5世紀には現在のバチカンにあるサン・ピエトロ大聖堂よりも規模が大きかったとされます。
しかし、19世紀に火災で消失してしまい、現在の建物は1840年に再建されたもの。バチカン市国の国境を越えているものの、教皇庁が所有しているため、バチカン直轄の大聖堂でもあります。
サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂はどんな理由で世界遺産に登録されているの?
サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂が評価されたのが、以下の点。
登録基準(i)
ローマは、古代から現在まで3000年にも及ぶ歴史を持つ芸術的な建築物であるということ。
登録基準(ii)
古代ローマからルネサンス、バロック、新古典主義まで、ローマ発祥の芸術は世界中の都市計画や建築物、芸術の発展に大きな影響を与えてきたということ。
登録基準(iii)
ローマの遺跡は保存状態がよく、現在も当時の芸術と建築技術の高さがよく見られるという点。
登録基準(iv)
ローマは中心部の都市開発は、3000年近くも途切れることなく続いており、古い町並みと現代建築が調和できるようになっているということ。
登録基準(vi)
キリスト教が伝来してから2000年以上の間、ローマはキリスト教世界の中心都市であり、ヨーロッパの文化の基盤であるということ。
世界遺産マニアの結論と感想
サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂は、4世紀からの歴史を誇る大聖堂で、キリスト教でも有名な聖人である聖パウロの墓があったとされることから、非常に重要な場所であるという点で評価されています。
ちなみに、2006年に祭壇の下で白い大理石の石棺が発見され、放射性炭素年代測定から墓の中の遺骨は1〜2世紀のものであるということが分かり、これぞ聖パウロの遺骨では?という報道がありました。彼はローマで斬首刑にされたという伝承もあるので、本物である可能性も高い…かもしれませんね。
※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。