ギリシャの絶景が楽しめる世界遺産はここ!それぞれを一覧にして世界遺産マニアが解説

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ギリシャの絶景というと、まるで空中都市のようなメテオラのイメージがありますね。ギリシャの遺産は美しくはあるのですが、その中でも「絶景」が満喫できる遺産はどんなものでしょうか?

ここでは、絶景が楽しめるギリシャの世界遺産を世界遺産マニアが一覧にして分かりやすく解説。それぞれの遺産を簡潔に解説していきましょう。

目次

メテオラ

メテオラ
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ギリシャ北西部のテッサリア地方にあるメテオラは、標高2000mを越える山々が並ぶピンドス山脈から流れるピニオス川によって、石灰岩が削られ、固い堆積岩だけが残り、まるで柱のような奇岩がいくつも続くという独特の景観が見られます。

現在残る建造物は11世紀以降にギリシャ正教の修道士によって建造され、かつては24もの修道院があったとされます。修道院内にある16世紀のクレタ様式のフレスコ画などは、ビザンツ帝国崩壊後の芸術の発展が見られるものとして価値が高いもの。

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神学者聖ヨハネ修道院と黙示録の洞窟を含むパトモス島の歴史地区(ホーラ)

神学者聖ヨハネ修道院と黙示録の洞窟を含むパトモス島の歴史地区(ホーラ)
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パトモス島はトルコ領であるアナトリア半島にもほど近いドデカネス諸島の一つ。95年ころにイエス・キリストの十二使徒の一人である聖ヨハネがここに流され、キリスト教の聖典である『新約聖書』の福音書と黙示録を執筆したという伝説が残っています。

10世紀には修道院が建造され、ビザンツ帝国のアレクシオス1世によって植民地化されると、ここはギリシャ正教において学問と巡礼の地として栄え、多くの建造物が建造されました。

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コルフ(ケルキラ)旧市街

コルフ(ケルキラ)旧市街
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地中海に浮かぶコルフ(ギリシャ語で「ケルキラ」)島は、アドリア海の入口にあり、肥沃な土地もあることから、島の東岸には紀元前8世紀から同名のギリシャの植民都市が築かれました。

15世紀になると、ヴェネツィア共和国の領土となり、旧市街に位置する3つの要塞はこの時代に建造されたもの。ここは地中海の港湾都市として保存状態が良いのが特徴でもあります。

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デロス島

デロス島
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デロス島は、エーゲ海中央に浮かぶ、約3.5平方kmの小さな島。太陽の神アポロと双子の妹、月の女神アルテミスが生まれたという伝説が残り、古代ギリシャ時代は巡礼者が多く集まりました。

この島では、エーゲ海の交易をしていたイオニア人が紀元前12世紀から暮らしていたとされ、現在は神殿跡などが多く並び、ギリシャでも最大規模の考古学遺跡となっています。

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ロドスの中世都市

ロドスの中世都市
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ロドス島はギリシャで4番目に大きな面積を持つ島で、アジア側に位置しています。トルコ共和国のあるアナトリア半島のすぐ側にあり、20世紀初期まではオスマン帝国に支配されていました。

エルサレムを拠点としていた聖ヨハネ騎士団は1309年から1523年までロドス島を占領して、要塞都市を築きました。現在の旧市街にはゴシック様式の宮殿や病院など、当時の建築物が多く残っています。

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ミストラスの考古遺跡

ミストラスの考古遺跡
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ペロポネソス半島の南東に位置するミストラスは、かつて古代ギリシャの都市国家であったスパルタの近くに位置する都市。ここはアカイア公国(1205〜1432年)の第4代君主ギヨーム2世・ド・ヴィルアルドゥアン(1211年頃〜 1278年)によって、標高620mの丘の上に要塞を建造されたことがきっかけで設立されました。

その後、ビザンツ帝国が再興すると、デスポテート(領主)たちによって無数の聖堂や修道院が築かれたものの、19世紀に破壊されたため、現在は遺跡として残っています。

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ザゴリの文化的景観

ザゴリの文化的景観
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ザゴリは、ギリシャ北西部のピンドス山脈の周囲に位置する高山地域。ここは古くからアクセスが困難な地ではあるものの、旧石器時代から人々が暮らしていました。ヨーロッパで数少ないブナ林が残されていて、貴重な自然が残るエリア。

オスマン帝国時代になると、兵士や商人として出稼ぎによる富によって集落は繁栄し、教会や邸宅、橋などの優れた建物を多く建造しました。古来からバルカン半島の山岳地帯に暮らす羊飼いの伝統文化が残っていて、それらが建築物などで現在でも見られるというのもポイント。

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世界遺産マニアの結論と感想

ギリシャの世界遺産はどれも貴重な遺産ばかりですが、その中でも世界でも滅多に見られない絶景をピックアップ。しかし、これはほんの一部…。まだまだ絶景は続くので、ぜひ自分のお気に入りの遺産を探してみてくださいね!

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1200以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定マイスター認定済。

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