ペルーの世界遺産「コンドルの神殿」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分複合遺産
登録基準(1), (3), (7), (9)
登録年1983年

コンドルの神殿は「マチュ・ピチュの歴史保護区」の構成資産の一つ。コンドルの形をした平石が残るエリアで、ここは牢獄や処刑場のような役割もあったと考えられています。ところで、コンドルの神殿はなぜ世界遺産なのでしょうか?

ここではコンドルの神殿がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、コンドルの神殿について詳しくなること間違いなし!

目次

コンドルの神殿とは?

コンドルの神殿
画像素材:shutterstock

マチュ・ピチュは、ペルーの東側、アンデス山脈に囲まれた標高2430mの位置にある都市遺跡。敷地の中でも南東側にあるのが、コンドルの神殿と呼ばれる建築物です。

コンドルが翼を広げたような平石が残るために、コンドルの神殿と呼ばれます。その後ろには、半地下室があり、ここは牢獄として使用されていたと考えられるもの。さまざまな説がありますが、平石では生贄を座らせ、コンドルに食べさせたという説もあり、罪人に対する見せしめの役割もあったとされています。

コンドルの神殿はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

コンドルの神殿
画像素材:shutterstock

コンドルの神殿が評価されたのが、以下の点。

登録基準(i)
遺跡は、インカ文明の芸術、都市・建築技術、農耕技術など、すべてにおける傑作であるという点。

登録基準(iii)
遺跡は、インカの人々の宇宙観、日常の暮らし、社会構造、宗教観などが見られ、彼らの文明がここに存在していたことを示すものであるということ。

登録基準(vii)
マチュ・ピチュの歴史保護区は、大自然に囲まれた場所にあり、自然とともに人間が暮らしたという例を示すものであるという点。

登録基準(ix)
マチュ・ピチュの歴史保護区は、アンデス山脈とアマゾン盆地の間に位置しており、固有種を含めた動植物も多く暮らしているということ。

世界遺産マニアの結論と感想

コンドルの神殿は、インカの人々の宗教観が見られ、当時の社会構造が分かるという点で評価されています。

ちなみに、コンドルは南米では古代から重要な役割を果たしていて、インカ帝国の最後の皇帝トゥパク・アマル(1545〜1572年)が処刑された後に、コンドルに生まれ変わったとされているほど。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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