登録区分 | 文化遺産 |
登録基準 | (2), (4), (5), (6) |
登録年 | 2006年 |
メキシコ中西部のテキーラ市とその周辺は、16世紀からテキーラ酒が製造され始め、19世紀以降は生産量は増加し、現在でも蒸留所が点在。この地方は古くからテキーラ酒の原材料であるテキラリュウゼツランの栽培がされていて、3〜10世紀にかけて繁栄したテウチトラン文化の遺跡など、先住民の文化を示す遺跡も登録されています。
ここではテキーラの古い産業施設群とリュウゼツランの景観がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、テキーラ市とリュウゼツランにまつわる遺産について詳しくなること間違いなし!
テキーラの古い産業施設群とリュウゼツランの景観とは?
メキシコ中西部のハリスコ州。テキーラ山からリオ・グランデ渓谷の間に位置する約350万平方kmもの広大な敷地が登録。ここでは16世紀にリュウゼツランを使用したお酒・メスカルが製造され、この地で作られるプルケは伝統的に「テキーラ(酒)」と呼ばれます。このテキーラ酒はスペイン人が蒸留法を持ち込み、リュウゼツラン属のテキラリュウゼツラン(ブルー・アガベ)を使ってテキーラが製造されるようになると、18世紀に現在見られる醸造施設が建造。19世紀には他の地方でも作られるようになると生産量は大幅に増加し、20世紀には世界中で飲まれるようになりました。
世界遺産としては、テキーラ山からリオ・グランデ渓谷の間にあるテキラリュウゼツランの栽培地が登録。他にもテキーラ市と近隣の農園や醸造所も登録されていて、新古典様式やバロック様式の建造物も含まれます。そして、テキラリュウゼツランはスペイン人の入植前から飲料や織物などに使用されてきたもの。テキーラ市の南部に位置する「グアチモントネス遺跡」も登録範囲で、200年頃〜900年頃に繁栄したテウチトラン文化に属する遺跡も含めて世界遺産に登録されています。
テキーラの古い産業施設群とリュウゼツランの景観はどんな理由で世界遺産に登録されているの?
テキーラ市のリュウゼツランにまつわる遺産が評価されたのが、以下の点。
登録基準(ii)
テキラリュウゼツランの栽培とその蒸留法は、伝統的な醸造酒のプルケをヨーロッパから持ち込まれた蒸留法を使用してテキーラ酒を作り出したという、メソアメリカの伝統とヨーロッパの技術を組み合わせたものであるという点。
登録基準(iv)
農園と蒸留所は、250年以上に渡るテキーラの蒸留の歴史が見られ、技術と文化の融合を示す独特の建造物であるということ。
登録基準(v)
リュウゼツランの景観は古代のメソアメリカの文化と現在の暮らしと繋がっていて、蒸留所で最初にテキーラが製造された17世紀以降の継続的な利用が見られるもの。畑、蒸留所、農園などを含めた景観はテキーラ造りで発展した伝統的な居住地と土地利用の顕著な例であるという点。
登録基準(vi)
テキーラにまつわる景観からは、メキシコだけでなく、テキーラ市やハリスコ州の文学、映画、音楽、芸術、舞踏などを生み出し、その境界をはるかに越えた文化的にも重要であるということ。
世界遺産マニアの結論と感想
テキーラの古い産業施設群とリュウゼツランの景観は、伝統的なプルケとヨーロッパの蒸留法で作り出したテキーラの生産によって農場と蒸留所が築かれ、周囲のテキラリュウゼツランの畑の景観を含めてテキーラにまつわる文化的景観が広がっているという点で評価されています。そして、テキーラは飲料というだけでなく、文学、映画、音楽、芸術などメキシコの文化とも密接に関わっているというのもポイント。
ちなみに、リュウゼツラン属のアオノリュウゼツランは、数十年にかけて成長し、最後に花を咲かせて枯れてしまいます。なんと花が咲くと、徐々に成長し、高さ10mにもなって数千もの花をつけるという個体もあり…所有者もびっくりするというような光景をよくテレビなど見ますね。
※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。