登録区分 | 文化遺産 |
登録基準 | (3), (5) |
登録年 | 2003年 |
インド中部のヴィンディヤ山脈の麓にあるビームベートカーの岩陰遺跡には、中石器時代から有史にいたるまで多彩な壁画が多く残っていて、古い絵の上に新しい絵が重ねて描かれているのが特徴。そして、近隣の村の文化的伝統が壁画に描かれたものと同様の文化が維持されています。
ここではビームベートカーの岩陰遺跡がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、ビームベートカーについて詳しくなること間違いなし!
ビームベートカーの岩陰遺跡とは?
「ビームベートカー」という名称は、インドの二大叙事詩『マハーバーラタ』に登場する英雄神ビーマに由来するもの。遺跡はインド中部のマディヤ・プラデーシュ州の森の中に位置し、砂岩には合計で400もの岩陰の壁画が残っていて、最も古いものは約3万年前に遡ります。後期旧石器時代のものはおもに動物が中心となった狩猟の様子が描かれていますが、中石器時代になると動物に加え、人間の姿が描かれていき、有史時代以降になると宗教的なシンボルが見られるようになり、中世には幾何学的な文様が描かれています。
そして、これらは古い絵の上に新しい絵が重ねて絵が描かれているために、色彩の状態が良いというのも特徴。岩陰遺跡の周辺には21の村がありますが、村の住民の文化的伝統は岩絵とよく似ているということもあり、文化がそのまま維持されているという点で文化的景観として評価されています。
ビームベートカーの岩陰遺跡はどんな理由で世界遺産に登録されているの?
ビームベートカーが評価されたのが、以下の点。
登録基準(iii)
ビームベートカーの岩陰遺跡は、その壁画の量と質に示されるように、人々と周囲の景観の相互関係が反映されているという点。
登録基準(v)
ビームベートカーの岩絵や遺跡の周囲にある村に現在もその伝統の名残が見られ、狩猟採集の生活と密接に関係しているということ。
世界遺産マニアの結論と感想
ビームベートカーに残る岩絵は量と質も高く、それは記録として各時代の人間の暮らしが残され、周囲の村々には壁画に描かれた伝統が今でも続けられているという点で評価されています。
ちなみに、壁画にはバイソンが描かれているのですが、現在はインドに野生のバイソンは存在していません。実はバイソン属のルーツは南アジアにあり、この地からユーラシア大陸に拡大していったとか。
※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。