ドイツの世界遺産「シュパイアー、ヴォルムス、マインツのユダヤ人共同体遺跡群」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(2), (3), (6)
登録年2021年

ドイツ西部、ライン川上流に広がるシュパイヤー、ヴォルムス、マインツの3都市は、古くからユダヤ人コミュニティがあり、各都市にはシナゴーグ(礼拝所)の他に墓地など、さまざまな遺跡が残っています。これらは11〜14世紀において、彼らのコミュニティの発展を示していて、後世のユダヤ人街やイスラエル建国へと繋がる原点的な場所。

ここではシュパイアー、ヴォルムス、マインツのユダヤ人共同体遺跡群がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、シュパイアー、ヴォルムス、マインツのユダヤ人共同体遺跡群について詳しくなること間違いなし!

目次

シュパイアー、ヴォルムス、マインツのユダヤ人共同体遺跡群とは?

そもそもユダヤ人街とは?

ヴォルムス・シナゴーグ/シュパイアー、ヴォルムス、マインツのユダヤ人コミュニティの遺産群
画像素材:shutterstock

「ユダヤ人街」というのは、大変分かりづらい遺産ではあるのですが、中央ヨーロッパの大都市には残っていることも。中世ヨーロッパはキリスト教が広く普及していたため、キリスト教徒でないユダヤ教徒たちは、彼ら独自の生活するためにユダヤ人同士で街を形成する必要があったのです。そこにはユダヤ教の礼拝所であるシナゴーグを始め、邸宅や墓地までキリスト教とは違う世界観が広がっていました。

シュパイヤー、ヴォルムス、マインツのユダヤ人共同体遺跡群とは?

シュパイヤーの古代ミクワー/シュパイアー、ヴォルムス、マインツのユダヤ人コミュニティの遺産群
画像素材:shutterstock

ドイツ西部のライン川沿いの司教都市であるシュパイヤー、ヴォルムス、マインツは、それぞれの頭文字をとって「ShUMサイト」としていて、世界遺産名としてもこれを採用。各都市では10世紀ころからユダヤ人街が建造され始め、ここは「ライン川のエルサレルム」とまで呼ばれるようになりました。ユダヤ人街跡には、シナゴーグ、宗教学校、ミクワー(ユダヤ教における風呂)、墓地などが遺跡として今でも残っています。

登録されているのは4箇所で、シュパイアーのユダヤ人街、ヴォルムスのシナゴーグとユダヤ人墓地、マインツのユダヤ人墓地。

シュパイアー、ヴォルムス、マインツのユダヤ人共同体遺跡群はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

シュパイアー、ヴォルムス、マインツのユダヤ人共同体遺跡群
画像素材:shutterstock

シュパイアー、ヴォルムス、マインツのユダヤ人共同体遺遺跡群が評価されたのが、以下の点。

登録基準(ii)
ShUMサイトのユダヤ人街の中世の構造が見られ、これらはおもに西・中央ヨーロッパなどのユダヤ人街の建築物やシナゴーグなどに影響をあたえたもの。

登録基準(iii)
ShUMサイトのユダヤ人街や墓地などはヨーロッパにおけるユダヤ人の文化の発展が見られるということ。

登録基準(vi)
ヨーロッパにおけるユダヤ人の伝統文化の発祥地でもあり、10〜14世紀にかけてここには学者や詩人、指導者などが集まり、文化の発展に大きな影響を与えていて、彼らの作品は現在もユダヤ人の伝統の一部になっているということ。

世界遺産マニアの結論と感想

ユダヤ人街というのは、大変分かりづらい遺産ではあるのですが、ここはそのユダヤ人街のルーツ的存在であり、各都市で発展した建築様式や学問、詩など、ユダヤ人の伝統文化となったことから、彼らの文化発展には欠かせないものであるという点で評価。

あえてここでは書きませんが、例えば、シュパイアーのユダヤ人街はペスト流行の責任のなすりつけで、14世紀になると燃やされ、住民は迫害されてしまいます。よって、結果的に「遺跡」となって残ったのです。ヨーロッパにおけるユダヤ人迫害に関しては、ポーランドのアウシュヴィッツ収容所を含めて、かなり考えさせる遺産でもありますね。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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