中国の世界遺産「天壇」とは?世界遺産マニアが解説

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登録区分文化遺産
登録基準(1), (2), (3)
登録年1998年

首都・北京の中心部にある天壇は、15世紀に築かれた皇帝の祭祀施設。天壇は皇帝が自ら祈り、天に報告する場所でもありました。そして、三層の屋根を持つ円形の記念殿は、東アジアの建築に影響を与えたもの。

ここでは天壇がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、天壇について詳しくなること間違なし!

目次

天壇とは?

画像素材:shutterstock

明の時代、第3代永楽帝が南京から北京に遷都すると、1420年に紫禁城とともに作られたのが天地壇が建造されました。そして、16世紀になると、天と地を別々に祈ることが決定したため、天地壇を天壇と地壇に分離させ、ここは天壇と呼ばれるにように。約273万平方もの広大な敷地で、皇帝は冬至になるとここで五穀豊穣を祈願するため訪れていました。

天壇は、南から圜丘壇、皇穹宇(こうきゅうう)、祈年殿の3つで構成され、空に向かって続いていました。圜丘壇は、皇帝が天を祀る場所で、円形に陰陽思想である9を基準に階段や柱などが築かれたもの。皇穹宇は、歴代の皇帝の位牌が置かれている場所。祈年殿は、正月に祈りを捧げ、高さ38mという中国最大の祭壇でした。そのデザインは何度か変更され、現在のものは1896年に再建されています。

天壇はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

画像素材:shutterstock

天壇が評価されたのが、以下の点。

登録基準(i)
天壇は、偉大な文明の宇宙観を示した、建築と景観デザインの傑作であるという点。

登録基準(ii)
天壇のデザインとレイアウトは、何世紀にも渡って東アジアの建築と設計に大きな影響を与えたということ。

登録基準(iii)
当時の中国は封建制の王朝であり、天壇のデザインとレイアウトは、その正当性を示しているという点。

世界遺産マニアの結論と感想

天壇は、広大な中国を支配する封建制度の王朝の象徴でもあり、その宇宙観を示したデザインとレイアウトは、東アジア全体に影響を与えているということ。

ちなみに、天地壇から分離した、地壇は紫禁城の北東に築かれていて今も残っています。地壇は、陰陽思想によって階段や柱などは、すべて偶数で構成されているのに対し、天壇は奇数となっているのが特徴。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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