登録区分 | 文化遺産 |
登録基準 | (6) |
登録年 | 1983年 |
カリブ海に浮かぶプエルトリコ島の中心都市サンフアンには、16世紀にスペイン人がここを植民都市にすると、スペインと新大陸を結ぶ拠点として活躍し、町には3つの要塞が建設されました。今ではカラフルで美しい建築物が残る植民地時代の名残が残る町に。
ここではラ・フォルタレサとプエルトリコのサンフアン歴史地区がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、サンフアンの歴史地区について詳しくなること間違いなし!
ラ・フォルタレサとプエルトリコのサンフアン歴史地区とは?
アメリカ合衆国の海外領土であるプエルトリコ島。サンフアンは北東部に位置する都市で、プエルトリコ自治連邦区の政庁所在地。サンフアンは、町の北に浮かぶサンフアン島から発展した都市で、16世紀にスペイン人によって築いた街が起源。現在の旧市街地はビエホ・サン・フアン(古いサンフアン)と呼ばれています。
ここはスペインと中南米の中継地として発展し、16〜17世紀にかけて外敵の侵攻に抵抗するために3つの要塞が建造されました。
ラ・フォルタレサ要塞
世界遺産の名前にも含まれるラ・フォルタレサは旧市街の西側に位置する建設物で、プエルトリコ総督の住宅でもありました。建設当初は4層の壁を持つ堅固な要塞で、2つの塔を持つものでしたが、現在見られるのは17世紀に再建されたもの。現在は宮殿のような外観になっていて、礼拝堂と合わさる形で再建されたためサンタ・カタリーナ宮殿とも呼ばれます。
サン・フェリペ・エル・モロ要塞
エル・モロは「岬」を意味し、旧市街の北西に位置する要塞で、1539年から建設が始まりました。これもスペイン人によって建設されたもので、名前はスペインの皇帝フェリペ2世に由来。18世紀には高さ5mにもなる城壁と多くの大砲を備えた堅固な要塞となりました。
サン・クリストバル要塞
旧市街の北東側に位置する広大な要塞で、新世界におけるスペイン人が建設した要塞でも最大の大きさを誇ります。17世紀には堡塁が建造され、1783年に砦が建設。ここは5つの大きな貯水槽が配された構造になっているのが特徴。ちなみに、海岸を監視する歩哨小屋は1634年に建造された砦の最も古い部分です。
ラ・フォルタレサとプエルトリコのサンフアン歴史地区はどんな理由で世界遺産に登録されているの?
サンフアン歴史地区が評価されたのが、以下の点。
登録基準(vi)
16〜20世紀にかけて、サンフアンではヨーロッパによるカリブ海の軍事建築の発展が見られ、ここでは建築史だけでなく、工学と軍事、政治の歴史も同時に見られるという点。
世界遺産マニアの結論と感想
おもに3つの要塞が登録されていて、それぞれがスペインによる建築ではあるものの、当時のカリブ海の政治や軍事、建築物などの発展まで見られるという点で評価。
ちなみに、なぜプエルトリコ島が現在アメリカ領になっているかというと,1898年の米西戦争でアメリカがプエルトリコを占領したことからずっとアメリカ領になっているのです。しかし、スペインの統治時代が長かったため、現在でも島では全く英語は話されず、日常会話はほぼスペイン語のみ。
※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。