和歌山県の世界遺産の数はいくつある?それぞれを一覧にして世界遺産マニアが解説

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和歌山県といえば、紀伊半島の西側に位置していて、南紀白浜で有名な景勝地が多く点在するエリア。世界遺産というと日本でも有数の霊場・高野山や、古くから信仰されている熊野三山などのイメージがありますが、和歌山県には世界遺産はいくつあるでしょうか?

ここでは、和歌山県の世界遺産を世界遺産マニアが一覧にして分かりやすく解説。それぞれの遺産を簡潔に解説していきましょう。

目次

紀伊山地の霊場と参詣道

熊野本宮大社/田辺市

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和歌山県田辺市にある本宮町にある神社で、山々に囲まれた、熊野川の麓に位置します。創建時期は不明ですが、平安時代には皇族が訪れるほどに繁栄。19世紀末に水害によってほとんどが流されてしまったために、現在残るのは19世紀前半に建立された本宮や結宮、若宮など。ここは神武天皇を導いたという神・八咫烏の信仰があり、サッカー関係者がよく訪れる地。

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熊野速玉大社/新宮市

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和歌山県新宮市にある神社で、熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)と熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)を主祭神としています。創建時期ははっきりしていないものの、平安時代には、現在と同じく12の社殿があった様子で、皇族も訪れるほど。敷地内には、「梛(なぎ)の大樹」と呼ばれる樹齢約1000年という国内最大の梛の木があります。

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熊野那智大社/那智勝浦町

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和歌山県東牟婁郡那智勝浦にある神社で、熊野夫須美大神(くまのふすみおおかみ)を主祭神しています。ここも創建は不明ですが、本宮と速玉神社と違い、那智の滝を古くから信仰していた地で、中世から近世にかけて、隣接する青岸渡寺(せいがんとじ)と一体化し、那智権現と呼ばれ、修験道場でもありました。明治時代になると「新仏分離令」で青岸渡寺が寺院として独立し、大正時代に「熊野那智神社」となったために、現在は同じ敷地内に神社と寺院が混在するもの。

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青岸渡寺/那智勝浦町

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熊野那智大社の隣にある神社。青岸渡寺の本堂はかつて如意輪観音を本尊としていたために「如意輪堂」と呼ばれていて、1590年に再建。那智の滝が一望できる三重塔は、20世紀に再建されたもの。

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那智大滝/那智勝浦町

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熊野那智神社の北側に残る那智大滝は、一般的には「那智四十八滝」の中でも最大の「一の滝」を示します。ここは落差が133mと、一段の滝としての高さは日本一。

那智原始林/那智勝浦町

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那智大滝の東に広がる、面積約335平方mの原始林。ここは国の天然記念物に指定されていて、広葉樹や針葉樹が入り組んだ本州でも屈指の混交林として知られています。

補陀洛山寺(ふだらくさんじ)/那智勝浦町

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東牟婁郡那智勝浦町にある天台宗の寺院。ここは4世紀にインド(天竺)から漂着した裸形上人によって開山されたと伝えられています。補陀洛というのは、サンスクリット語で「観音浄土」を意味していて、仏典『華厳経』ではインドの南端に位置するとされています。

中世では、はるか南洋に補陀洛が存在するという信仰があり、それを目指して船で向かうという「補陀落渡海」が各地で行われていました。ここはその中心地であり、渡海船と呼ばれる4つの鳥居を積んだ船に乗って、旧暦の11月に渡海が行われていて、記録ではこの地で20回は行われていた様子。

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丹生都比売神社(にうつひめじんじゃ)/かつらぎ町

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伊都郡かつらぎ町上天野にある神社。ここは慈尊院から高野山へと通じる「高野山町石道」沿いにあることから、まず高野山を参拝する前にはここを参拝するという習わしもあり、高野山とも縁が深い神社でもあります。

ここは神社ではあるものの、9世紀に空海へと神領を寄進したとされ、神仏習合の建築物が多く、明治の神仏分離で除かれたものの、当時の遺構も残っているのが特徴。入母屋造の楼門は1499年に造影されたもので、重要文化財にも登録されています。

金剛峯寺(こんごうぶじ)/高野町

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和歌山県の高野町にある真言宗の総本山。正式名称は「高野山金剛峯寺」。高野山は標高800mの盆地に100箇所以上の寺院があるという宗教都市でもあり、八葉の蓮華の花弁のように囲まれているために「八葉の峰(はちようのほう)」と呼ばれます。ここは弘法大師・空海が816年に高野山を天皇から賜ると、結界を張って伽藍を建立。835年に入定(永遠の瞑想に入るという信仰)すると、彼の弟子たちによって伽藍は整備されていきました。

江戸時代は高野山一帯が金剛峯寺の敷地ではありましたが、明治になると「金剛峯寺」は総本山寺院のみを示すものに変更されています。

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高野山は大きく分けると、壇上伽藍(伽藍地区)、総本山金剛峯寺(本坊)、奥之院(墓域)、高野十谷(子院・塔頭地区)の4つで構成されています。その中でも修行の中心地である根本大塔は、高野山のシンボル的存在。塔内は、大日如来像の周りに四仏(しぶつ)、さらに16本の柱に十六菩薩などで囲まれた曼荼羅(まんだら)のように構成されるもの。

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慈尊院/九度山町

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高野山の麓にある九度山町にある真言宗の寺院。ここは高野山町石道の登り口に位置し、空海によって庶務を司る政所(寺務所)が置かれました。ここは空海の母である阿刀氏が暮らした地でもあり、母の死後は自作の弥勒仏を廟堂に置き、母の霊を祀りました。弥勒仏は「慈尊(じそん)」とも呼ばれることから、慈尊院と名付けられています。

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丹生官省符神社(にうかんしょうぶじんじゃ)/九度山町

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九度山町の慈音院から高野山までの参詣道の「町石道」の一部であり、9世紀に空海によって高野山の地主神・狩場明神とその母である丹生都比売大神を祀るために建造されたもの。

もともとは慈尊院の一部ではありましたが、明治になって独立。現在の本殿は室町時代に再建されたもので、重要文化財に登録されています。

大峯奥駈道(おおみねおくがけみち)/田辺市・新宮市

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吉野〜熊野を結ぶ大峯奥駈道は、修験道の修行場として利用されていた道で、標高1000〜1900mの険しい山々を進む合計で約80kmの古道です。ここは75もの「靡(なびき)」と呼ばれる修行場を辿るというのが特徴。

参詣の途中は食事や行動を制限し、心身を清潔に保つことを目的としていて、外界から神域へと向かうということが修行の一環でもありました。

熊野古道(熊野参詣道)・伊勢路・小辺路・中辺路・大辺路/高野町・田辺市・白浜町・すさみ町・新宮市・那智勝浦町

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熊野参詣道は「熊野古道」と呼ばれることで有名で、伊勢路、小辺路、中辺路、大辺路の4つで構成され、各地から熊野三山を結びつつ、高野山だけでなく、伊勢神宮や現在の田辺市まで抜けることができる壮大なルートでもあります。

小辺路は、和歌山県の高野山から熊野本宮大社を結ぶという壮大なルートでもあります。ここは熊野古道の中でも道が険しいことでも知られるルート。他にも新宮市から熊野三山を経由して田辺市へと繋がる中辺路、田辺市から那智勝浦までを結ぶ海辺の道・大辺路、熊野三山から三重県の伊勢神宮までを結ぶ伊勢路なども含まれています。

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高野参詣道/九度山町・かつらぎ町・高野町

画像素材:写真AC

高野山の周囲から徒歩で登拝するための参詣道(古道)。ここには7つの参詣道があり、外界(属性)から聖地へと入るという意味でも重要なものでした。世界遺産としては、九度山町から結ぶ「町石道」、かつらぎ町から結ぶ「三谷坂」、高野町・極楽橋から結ぶ「京大坂道(きょうおおさかみち)」、橋本市の定福寺から結ぶ「黒河道(くろこみち)」、高野山に入れない女性のために7つの女人堂までを結ぶ「女人道」の5つが登録されています。

世界遺産マニアの結論と感想

和歌山県の世界遺産としては1件ではありますが、構成遺産として数えると17箇所も登録されています。なんといっても高野山と熊野三山という、日本の歴史においても重要な場所でもあるのが魅力です!ぜひディープに楽しんでくださいね。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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