世界遺産に登録された古代ギリシャの遺跡をピックアップ!それぞれを一覧にして解説

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「古代ギリシャ」の期間は諸説ありますが、一般的にはペルシャ戦争が終了した紀元前479年から、ギリシャ連合軍がマケドニア軍に敗北する紀元前338年を指すもの。それ以前の前古典期にポリス(都市国家)が形成され、紀元前8世紀から4世紀ころまでにエーゲ海を中心に発展したギリシャは地中海各地に植民都市を建造。彼らの足跡は各地で遺跡として残っています。

そこで世界遺産として登録されている遺跡はどんなものがあるか、世界遺産マニアが一覧にして分かりやすく解説していきましょう。

目次

アテネ(アテナイ)のアクロポリス/ギリシャ

アテネ(アテナイ)のアクロポリス/ギリシャ
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ギリシャのアッティカ地方にある首都アテネには、イッソス川の渓谷に標高156mの石灰岩の丘があり、頂上に立つ建造物は古代ギリシャから現在までその姿を残すものです。丘の上は「アクロポリス」と呼ばれ、これは「高い丘にある都市」というような意味を持つもの。

ここには紀元前5世紀に築かれた、アテネの繁栄を示す建造物が多く見られます。パルテノン神殿やエレクテオン神殿など、壮麗な建築物は古代ギリシャの最大の芸術品であり、その後のヨーロッパの建造物に大きな影響を与えたものでした。

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デルフィの考古遺跡/ギリシャ

デルフィの考古遺跡/ギリシャ
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首都アテネからデルフィの考古遺跡までは北西へ約122km。パルナッソス山の中腹に位置するデルフィは、紀元前2000年頃から人々が住んでいました。聖地となったのは紀元前8世紀頃からで、紀元前6世紀頃にはギリシャ全土に知れ渡るようになりました。

ここはかつて太陽神アポロンを祀る神殿であり、巫女が神託を受ける地として有名でした。山々に囲まれたこの地は聖域にふさわしく、神聖な雰囲気が溢れ、古代ギリシャのシンボル的存在。

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オリンピアの考古遺跡/ギリシャ

オリンピアの考古遺跡/ギリシャ
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西ギリシャ地方にあるアルヘア・オリンピアには、古代のオリンピックである「オリンピアの祭典」が行われたオリンピアの遺跡があります。ここは渓谷沿いに都市が建造され、紀元前10世紀にゼウス崇拝の中心地となり、聖域となりました。

紀元前8世紀ころから「オリンピアの祭典」というゼウスに奉納するスポーツ大会が4年に一度開かれました。これは現在の近代オリンピックの原点となったもの。遺跡には競技場や体育館、練習場など、競技関連の遺構が並んでいます。

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デロス島/ギリシャ

デロス島/ギリシャ
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デロス島は、エーゲ海中央に浮かぶ、約3.5平方kmの小さな島。太陽の神アポロと双子の妹、月の女神アルテミスが生まれたという伝説が残り、古代ギリシャ時代は巡礼者が多く集まりました。

この島では、エーゲ海の交易をしていたイオニア人が紀元前12世紀から暮らしていたとされ、現在は神殿跡などが多く並び、ギリシャでも最大規模の考古学遺跡となっています。

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バッサイのアポロ・エピクリウス神殿/ギリシャ

バッサイのアポロ・エピクリウス神殿/ギリシャ
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アポロ・エピクリウス神殿はペロポネソス半島の南西部にあるメッシニア県の山腹に位置します。パッサイとは「岩々の小さな谷間」という意味で、この地に残る神殿は古典期のギリシャ建築で保存状態が良いものの一つ。

ここは紀元前5世紀にアポロン神の加護に感謝して建造されたもので、列柱はドーリア式、イオニア式、コリント式とギリシャのさまざまな建築様式が並び、ギリシャの建築史において古典様式からヘレニズム様式への移行期を示す建造物です。

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アスクレピオスの聖地エピダウロス/ギリシャ

アスクレピオスの聖地エピダウロス/ギリシャ
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首都アテネから南西へ約65km。エピダウロスはサロニコス湾に面した港町で、古代ギリシャ時代は独立した都市国家でもありました。ここでは紀元前6世紀に医療の神・アスクレピオス信仰が始まったとされています。

紀元前4世紀には建築家テオドロスによってアスクレピオス神殿が建造され、ギリシャで最も美しいとされる劇場を代表とした医療センターへと発展しました。

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サモス島のピタゴリオとヘーラー神殿/ギリシャ

サモス島のピタゴリオとヘーラー神殿/ギリシャ
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エーゲ海東部、アナトリア半島のすぐそばにあるサモス島は、先史時代から中世まで周囲の政治と文化の中心地でした。紀元前10世紀にギリシャ本土からやってきたイオニア人によって築かれ、紀元前6世紀には地中海東部において主要な交易都市として繁栄。

ここでは女神ヘラを祀ったヘラ神殿と、都市国家サモスの中心であったティガ二(現在のピタゴリオ)の防壁や宮殿跡が世界遺産に登録されています。

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エフェソス(エフェス)/トルコ

エフェソス(エフェス)/トルコ
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トルコの西部に位置するイズミル県セルチュク近郊のエフェソスは、紀元前7000年前から人々が住んでいた地。周辺には紀元前700年頃にアルテミス神殿が建造され、ここは月の女神であるアルテミス信仰が盛んだった土地でした。

エフェソスで崇拝されていた月の女神であるアルテミスを祀った神殿。もともとは紀元前700年頃に建設されるも、紀元前550年に再建されました。かつては「世界の七不思議」の一つにされるほど、巨大で豪華絢爛な神殿であったとされます。

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シラクサとパンターリカの岩壁墓地遺跡/イタリア

シラクサとパンターリカの岩壁墓地遺跡/イタリア
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シチリア島の南東部には、丘の上に築かれたネクロポリスであるパンターリカと、海岸にある古代ギリシャの都市シラクサがあり、これらの2つのエリアは3000年に渡って繁栄した地中海文化の歴史を示すもの。

海岸に位置するシラクサは、現代でもギリシャ時代の神殿や劇場、古代ローマ時代の円形劇場が残り、かつてギリシャの政治家キケロが「あらゆるギリシャ都市の中でも最も美しい」と称えたほどの都市でした。

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アグリジェントの遺跡地域/イタリア

アグリジェントの遺跡地域/イタリア
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シチリア島南西部のアグリジェント県に位置する神殿の谷。ここは「谷」と呼ばれますが、ドーリア式の神殿だけではなく、ネクロポリスも残る広大な遺跡です。かつて「アクラガス」と呼ばれた、ギリシャの植民都市でもありました。

なかでもドーリア式のコンコルディア神殿はキリスト教の聖堂に利用されたりと、初期キリスト教の埋葬施設も残っているのも特徴です。

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パエストゥムとヴェーリアの考古遺跡群やパドゥーラのカルトゥジオ修道院を含むチレントおよびヴァッロ・ディ・ディアーノ国立公園/イタリア

パエストゥムとヴェーリアの考古遺跡群やパドゥーラのカルトゥジオ修道院を含むチレントおよびヴァッロ・ディ・ディアーノ国立公園/イタリア
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ヴァッロ・ディ・ディアーノ国立公園は、イタリアの南部にあるカンバニア州サレルノ県内にある広大な公園。ここは山岳地帯となっていて、海岸沿いは断崖が広がる険しいエリアでもあります。

ここにはギリシャの植民都市であったパエストゥムやヴェーリア、そして、パドゥーラにあるサン・ロレンツォ修道院などがあり、それぞれが世界遺産に登録されています。

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ケルソネソス・タウリケの古代都市とその農業領域(チョーラ)/ウクライナ

ケルソネソス・タウリケの古代都市とその農業領域(チョーラ)/ウクライナ
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クリミア半島の中心都市セヴァストポリ近郊にあるケルソネソス・タウリケの遺跡。「ケルソネソス・タウリケ」とは「クリミア半島」の古称で、ここはギリシア人の植民都市として紀元前5世紀に設立。やがて黒海沿岸における重要な交易都市となり、2000年に渡ってクリミア半島の商業の前線基地として役割を果たしてきました。

現在は都市遺跡となっていて、周囲にはチョーラと呼ばれる小区画に分けられた農業領域が存在し、これらはブドウ園として利用されていたもの。

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キュレネの考古遺跡/リビア

キュレネの考古遺跡/リビア
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現在のリビア北東部にあり、地中海に面した広大な遺跡。紀元前630年頃に、ティラ島(サントリーニ島)のギリシャ人たちが築いたというのが始まり。後にローマの植民都市となりましたが、365年の地震が発生するまで大いに繁栄。やがて衰退した後、18世紀に発見され、遺跡として整備されました。

遺跡としては、かなり大規模のもので、アテネ、シラクサに次ぐ、アクロポリス(丘の上にある城塞)があり、ヘレニズム時代の遺物が多く発見されています。特にゼウス神殿は、ドーリア式の列柱が並び、北アフリカでも最大規模のギリシャ神殿といわれるほど。

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世界遺産マニアの結論と感想

ヨーロッパの古代遺跡というと、古代ローマのほうが支配範囲が広く、その数も膨大ではあるものの、彼らの文化のルーツはギリシャではあるので、ある意味「ローマの元祖的存在」です。数は少ないものの、古代ギリシャの遺跡は、建築物は美しく、古代にしては驚くほどに機能的であり、そのミステリアスな存在にハマること間違いなし!

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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