ルーマニアはバルカン半島の東部にある国。国土の中央を逆L字を描くようにカルパティア山脈が貫く一方、東側はドナウ川の河口でもあるために豊かな湿原が広がっています。さまざまな民族が入り混じった国で、世界遺産も多種多様。そんなルーマニアには世界遺産がいくつあるでしょうか?
ここでは、ルーマニアの世界遺産を世界遺産マニアが一覧にして分かりやすく解説。それぞれの遺産を簡潔に解説していきましょう。
目次
ドナウ・デルタ
ルーマニア東部のドブロジャ地方は黒海沿岸に面した広大なエリア。ここは中央ヨーロッパから10ヶ国をまたいで流れ出るドナウ川の河口になっていて、黒海の手前でキリア川、スリナ川、聖ゲオルゲ川によって広大な三角州が形成されます。これがドナウ・デルタと呼ばれるもの。
ここには多くの淡水湖とヨシ(アシ)原が広がり、プラウルと呼ばれる小島が点在。ドナウ・デルタはハイイロペリカンなどの繁殖地となっています。
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トランシルヴァニア地方の要塞聖堂のある村落群
ルーマニア中央部の南トランシルヴァニアは、大きな川から分かれる小川による渓谷が続く高原地帯。12〜13世紀にハンガリーの王が現在のドイツからこの地に入植してきたザクセン人と呼ばれる人たちによって町や村が建造されていきました。
各地に15〜17世紀に渡って防壁で囲まれた「要塞教会」という独特の建築物が造られ、特に三重の防壁に囲まれた「ビエルタンの要塞教会」が有名。
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ホレズ修道院
ルーマニア南西にあるヴルチャ県の山々に囲まれた地にあるホレズ村。郊外には、当時この地を治めていた領主コンスタンティン・ブルンコヴェヌによって17世紀後半に建造されたルーマニア正教会の修道院があります。
敷地内にある白い主聖堂「カトリコン」は外観のレリーフも美しく、内部は全体を覆い尽くす壁画があるのが特徴。
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モルドバの教会群
ルーマニア北東部から現在のモルドバ共和国にまたがる地域はモルドバ地方と呼ばれるエリア。モルドバに残る、アルボーレ、フモール、モルドヴィツァ、パトラツィ、スチャヴァ、ヴォロネツ、スチェヴィツァの8ヶ所の教会群が世界遺産に登録。
これらはモルドバ公国の最盛期であるシュテファン大公(1457〜1504年)によって建造が始まり、文字の読めない人にも聖書が理解できるように外壁も内壁も聖書をテーマにしたフレスコ画が描かれているのが特徴。
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マラムレシュの木造聖堂群
マラムレシュは、ルーマニア北西部に広がるトランシルヴァニア地方でも最も北部に位置していて、ウクライナとの国境沿いに広がるエリア。ここは古くからゴシック様式の木造聖堂の伝統建築が残っている地方で、木造聖堂は現在40近くが現存しますが、その中でも18〜19世紀に建造された優れた8つの聖堂が登録。
これらはトンガリ帽子のような屋根を持ち、釘を一つも使わずに作り上げるという、職人の高い技術力が見られるもの。
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シギショアラ歴史地区
シギショアラはルーマニア中央部に位置する町で、トランシルヴァニア地方としては南東に位置します。この地方では13世紀にモンゴル人の侵略を経験したことから、町や教会に要塞を作り、いざという時には防衛できるようにしています。シギショアラもその時代に整備された要塞都市でした。
歴史地区は数世紀にわたって商業都市として発展したシギショアラの姿を現在も残しているという点で評価されています。
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オラシュチエ山脈のダキア人の要塞群
ルーマニア中西部にあるオラシュチエ山脈の麓に位置する6つの要塞跡は、かつてルーマニア一帯で暮らしていたトラキア系のダキア人によって紀元前1世紀から後1世紀にかけてローマ人との戦いに備えて築かれたもの。
特に「サルミゼゲトゥサ」はダキア人の王ブレビスタ(紀元前111年頃〜紀元前44年頃)が設立したとされるダキア王国の首都で、ここに残る要塞はムルス・ダキクスと呼ばれる、2つの外壁の隙間に砂利、セメント、粘土、土などを入れて強化した堅固な城壁で囲まれたもの。
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カルパティア山脈とヨーロッパ各地の古代及び原生ブナ林(他ヨーロッパ17ヶ国と共同)
ヨーロッパブナは、北はスウェーデン南部から南は地中海岸、西はポルトガル、東はトルコまで広がっていて、氷河期後期には、ヨーロッパの約40%はヨーロッパブナ(ファグス・シルヴァティカ)の林が広がっていました。登録エリア各地にはブナの原生林が広がっていて、ヨーロッパブナの原生林としては世界最大の規模を誇ります。
ルーマニアとしての登録範囲は、北部と南部のカルパチア山脈に集中していて、合計で12箇所が含まれています。
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ロシア・モンタナの鉱山景観
ルーマニア西部のアルバ県は、世界最大のローマ時代の金鉱山施設が残る場所。かつてこの地がダキア属州と呼ばれていた時代、ローマ帝国がこの地を2〜3世紀にかけて支配していました。
ここは2世紀から166年に渡って約500トンの金が発掘されていたため、ローマ時代の採掘施設が今も残るエリア。ローマ最大の鉱山でもありましたが、ロシア・モンタナではなんと21世紀まで鉱山で採掘が続けられました。
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トゥルグ・ジウのブランクーシ記念作品群
コンスタンティン・ブランクーシは、ルーマニアを代表する建築家で、20世紀の抽象彫刻に多大な影響を与えています。ルーマニア南西部にある都市トゥルグ・ジウは、彼がこの地方で幼少期を過ごした場所。
1938年に『沈黙のテーブル』『キスの門」『無限の柱』を提供したため、20世紀を代表する抽象彫刻の傑作が今でも市内で見られます。
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ローマ帝国の辺境-ダキア
ダキアというのは、現在のルーマニアの領土のことを指し、古くはダキア人とゲダエ人という部族が暮らしていたエリア。ローマ帝国の皇帝ハドリアヌスがダキア戦争(101〜2・105〜106年)によって勝利すると、ダキア属州が設立。
ここはローマ帝国の辺境の地となり、外敵の圧力を受けていたために要塞を含めたリーメス(境界線)を建造する必要がありました。現在では国内に7つのリーメスが発見されています。
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世界遺産マニアの結論と感想
ルーマニアは文化遺産が9件、自然遺産が2件と合計で11件登録。教会も西側はハンガリーやドイツ、東側は東方正教会の影響を受けていて、非常に多様な文化遺産があるのが特徴です。そして、ヨーロッパ最大の三角州であるドナウ・デルタなど自然遺産も魅力!
※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。