世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」とは?世界遺産マニアが簡単に解説

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登録区分文化遺産
登録基準(2), (4)
登録年2015年

明治の日本が飛躍的に近代化に成功したのは、西洋の技術を急速的に取り入れた産業革命によるもの。日本各地に残る産業遺産は全国8県11ヶ所にも渡り、鉄鋼業・造船業・石炭鉱業の発展を示しています。ところで、明治の産業革命遺産はなぜ世界遺産に登録されているのでしょうか?意外と知ってそうで知らない!

ここでは、今回は明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業がなぜ世界遺産なのか、世界遺産マニアが分かりやすく解説。これを読めば、明治日本の産業革命遺産について詳しくなること間違なし!

目次

世界遺産・明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業とは?なぜ評価されたのかを簡単に解説!

江戸時代末期の1850年代。当時の東アジアは西洋列強の進出が著しく、その影響で日本は鎖国から開放され、近代化へと進んでいきます。この時代、特に海外から防衛を目的にしたこともあり、日本人は西洋の書物から学び、国内では製鉄と造船の技術が発展し、薩摩藩主の島津斉彬や山口で塾を開いた吉田松陰などによって、日本の近代化を担う人材が多く育成されました。彼らによって、やがて1868年の明治維新へと繋がります。

明治時代になると、西洋から技術者を多く日本に招き、彼らの技術と知識によって、蒸気船の燃料として需要の高かった石炭を製造するために炭鉱が築かれました。この時代に佐賀県とイギリスの商人・トーマス・グラバーが出資して、日本初の蒸気機関の採掘が開始。これが南シナ海に浮かぶ高島にある炭鉱であり、やがて軍艦島として有名な端島の炭鉱の建設へと繋がります。

明治後半になると、いよいよ西洋の知識と技術によって日本独自の本格的な産業が始まり、福岡の八幡製鉄所や、熊本の炭鉱と港が一帯となった三池港など、日本の近代化へと繋がり、これらは現在でも可動しているのが特徴。

登録された遺産は、九州を中心としていますが、全国8県11ヶ所にまたがっています。北から岩手県、静岡県、山口県、福岡県、佐賀県、長崎県、熊本県、鹿児島県に点在する、23もの構成遺産をシリアル・ノミネーション(複数の遺産を歴史や文化など一つのテーマで登録するもの)として登録。

これらは19世紀後半〜20世紀まで、たったの50年で達成された工業化を示すもので、1910年以降も稼働している資産も含まれています。そして、世界遺産は通常は文化庁によって推薦されるものですが、これは当時の内閣官房が推薦したという珍しい例。

明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業はどんな理由で世界遺産に登録されているの?

明治日本の産業革命遺産が評価されたのは以下の点。

登録基準(ii)
明治日本の産業革命遺産は、江戸時代から続く封建社会であった日本が19世紀半から西欧の技術によって20世紀初頭まで短期間で世界有数の工業国となり、そのノウハウや技術など、東アジアの工業化において影響を与えたという点。

登録基準(iv)
日本各地に残る鉄鋼、造船、石炭の産業拠点は、世界の歴史において、西欧諸国以外で初めて近代化に成功し、西欧の技術の採用により、地元の技術革新と合わせて日本独の工業化を反映した産業遺産であるということ。

の2つ。つまり、

「産業革命遺産は19世紀後半から20世紀初頭までたったの50年で達成された日本の近代化を示し、これらは西洋の知識や技術を取り入れ、日本独自の工業化に成功し、そのノウハウなどが東アジアの工業化にも影響を与えた」

ということですね。

ここは8県11ヶ所にある23の資産で構成されています。

・エリア1、萩/山口県
・エリア2、鹿児島/鹿児島県
・エリア3、韮山/静岡県
・エリア4、釜石/岩手県
・エリア4、佐賀/佐賀県
・エリア6、長崎/長崎県
・エリア7、三池/熊本県
・エリア8、八幡/福岡県

それでは、ひとつひとつ解説していきましょう。

明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業の構成遺産をご紹介

エリア1、萩/山口県

画像素材:写真AC

山口県北部にある日本海に面した城下町。ここは毛利氏による長州藩の本拠地であり、幕末から明治維新まで日本の近代化に貢献した人物を多く輩出した地。「萩城下町」は武家屋敷や商家などの景観が見られ、「松下村塾」は藩士の吉田松陰が講義した塾で、高杉晋作、伊藤博文、山縣有朋などの幕末・明治初期に活躍した人物が学んだという、彼らの原点的な場所でもあります。

特に長州藩はイギリスとも戦争をしていたこともあり、大砲を製造するために建造された「萩反射炉」や軍艦を製造していた「恵美須ヶ鼻造船所跡」、江戸時代中期から鉄を生産した「大板山たたら製鉄遺跡」なども残ります。

エリア2、鹿児島/鹿児島県

画像素材:写真AC

鹿児島は、かつての薩摩藩の領地だった地で、第28代当主島津斉彬によって欧米列強に対抗するために1851年から「集成館」という近代的な工場を建造し、ここでは製鉄や造船、紡績などが行われました。

集成館には大量の燃料が必要だったため、木炭製造を目的にした石積み窪跡である「寺山炭窯跡」が建造。さらに水は下田町の関吉から市内まで水車動力による水路「関吉の疎水溝」から送水され、これらも島津斉彬によって建造されたもの。

エリア3、韮山/静岡県

画像素材:写真AC

静岡県の伊豆の国市の韮山に残る「韮山反射炉」は、大砲を鋳造していた実用炉。これは江戸幕府の幕臣で韮山の代官であった江川英龍によって1853年に建造されたもので、彼の死後、1857年に完成。鋳鉄の溶解が行われた反射炉が残るのは世界でもここだけという点で評価されたもの。

エリア4、釜石/岩手県

画像素材:写真AC

「橋野高炉跡」は岩手県の南東部に位置する釜石市の高炉跡。ここは日本で初めて洋式高炉を建造した盛岡藩氏・大島高任によって1858年に建造されたもの。ここは1894年まで操業していて、その後は国の史跡として保存されたため、日本に残る最古の洋式高炉跡となりました。

エリア5、佐賀/佐賀県

画像素材:写真AC

佐賀市の三重津にはかつて海軍所があり、ここには造船所と訓練所が存在していました。「三重津海軍所」には日本最古の乾ドック(船渠、水を抜くことができるドック)の跡があり、ここでは1865年に日本初の実用蒸気船・凌風丸が建造されたことでも有名。

エリア6、長崎/長崎県

長崎市

長崎は現在でも三菱重工業の長崎造船所があり、主力の造船所があることから、明治からそのまま使用されている造船所が世界遺産に登録。「小菅修船場跡」は1869年に完成した洋式ドックであり、日本初の蒸気機関が使用されていました。現在は三菱重工業が管理。

長崎造船所の一部も世界遺産に登録されていて、1905年に竣工した大型ドックでアジアの最大規模だった「第三船渠」、1909年から使用されている日本圧の大型カンチレバークレーンで現役の「ジャイアント・カンチレバークレーン」、1898年に建造された木型場で造船所としては最も古い建造物である「旧木型場」、1904年建造の当時の所長の邸宅であった「占勝閣」が並びます。

画像素材:写真AC

スコットランドの実業家トーマス・グラバーは長崎を拠点として、小菅修船場や高島炭鉱などを運営していました。彼が住んでいたのは市内の北東部にある「旧グラバー住宅」。ここは日本最古の木造の洋風建築で、洋風の邸宅なのに日本の瓦や土壁が使用されているというもの。

高島炭鉱

長崎半島の沖合に浮かぶ島で、面積は1.23平方kmの小さいのですが、江戸時代初期から石炭が発見されると、明治時代初期にトーマス・グラバーにとって日本初の本格的な炭鉱が建造されます。後に三菱の経営となり、日本のエネルギーを支え続け、1986年に閉山。

端島炭鉱(軍艦島)

高島から約2.5kmの位置する小さな島。ここは江戸時代後期に石炭が発見されると、佐賀藩のものになるものの、明治時代に三菱が買取り、3つもの海底坑道が建造され、一時は高島炭鉱よりも出炭量が多かった時期があるほど。

炭鉱が繁栄すればするほどに労働者が増えていき、島内には高層アパートが建造されていきました。1960年代になると、エネルギーは石炭から石油へ移行し、1974年に閉山。その後は長らく三菱マテリアルが所有していましたが、ここは解体はされずにそのまま廃墟になったために、廃墟ブームの影響で人気観光スポットに。

実は世界遺産としては、岸壁と海底坑道のみ登録されています。

エリア7、三池/熊本県・福岡県

三池は現在の福岡県大牟田市と熊本県荒尾市にまたがるエリアで、江戸時代から炭鉱が存在していました。ここは「三池炭鉱」と呼ばれています。

明治になると、三井財閥によって「宮原坑」と「万田坑」が建造され、ここは1997年まで稼働していたため、動力が蒸気から電気に変わったりと、その変遷を見ることもできます。そして、炭鉱で採掘された石炭を運搬するために1891年に「三池鉄道」が建造。そして、海岸には1908年に炭鉱から西へ約20kmほどの位置に「三池港」が完成し、石炭は大型船に乗せて海外へと輸出されました。港は現在でも重要港として使用されています。

三池港が完成する前は、熊本の宇土半島の先端にある「三角港」まで石炭が運ばれていました。三角港は1884年に開港したもので、近代的港湾としては日本最古。ここは西港(旧港)と東港に分けられ、西港は明治時代にオランダ人技師によって設計された埠頭や石橋、排水路などがそのまま現存しています。

エリア8、八幡/福岡県

画像素材:写真AC

北九州市に位置する「官営八幡製鐵所」は明治時代に操業した、今でも現役の製鉄所。ここは高炉の技術が確立し、日本の近代化に貢献したという点で評価されています。世界遺産としては「旧本事務所」や日本最古の鉄骨の建築物である「修繕工場」、鍛造品の製造が行われた「旧鍛冶工場」などが登録されているものの、すべて見学不可。

八幡製鐵所の西に位置する中間市は、工業用水を製鐵所まで送水する施設「遠賀川水源地ポンプ室」がある場所。ここはかつては蒸気ポンプでしたが、現在は電気ポンプになっていて、今でも現役です。

世界遺産マニアの結論と感想

日本各地に残る23もの構成遺産はたったの50年ほどで達成された日本の近代化を示していて、これらは西欧の技術を日本独自の応用したもので、アジアにおいていち早く近代化したことから、近代化のモデルにもなったという点で評価されています。

ちなみに、軍艦島は廃墟としてそのまま保管されていることから、建築工学という点においては、経年劣化で建物はどのように崩壊してくか…という資料にもなっています。これは世界でもなかなか見られるものではく、そういう面でも外国人旅行者にも人気だとか。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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