ギリシャの世界遺産全19件をまとめました!それぞれを一覧にして世界遺産マニアが解説

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ギリシャの世界遺産の数は合計で19件。アテネのパルテノン神殿や奇岩の上に修道院が立つメテオラなど…誰もが知る観光地はもちろん世界遺産でありますが、それ以外はどんな世界遺産があるのでしょうか?

ここでは、ギリシャの世界遺産を世界遺産マニアが一覧にして分かりやすく解説。それぞれの遺産を簡潔に解説していきましょう。

目次

バッサイのアポロ・エピクリウス神殿/1986年登録

バッサイのアポロ・エピクリウス神殿
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アポロ・エピクリウス神殿はペロポネソス半島の南西部にあるメッシニア県の山腹に位置します。パッサイとは「岩々の小さな谷間」という意味で、この地に残る神殿は古典期のギリシャ建築で保存状態が良いものの一つ。

ここは紀元前5世紀にアポロン神の加護に感謝して建造されたもので、列柱はドーリア式、イオニア式、コリント式とギリシャのさまざまな建築様式が並び、ギリシャの建築史において古典様式からヘレニズム様式への移行期を示す建造物です。

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デルフィの考古遺跡/1987年登録

デルフィの考古遺跡
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首都アテネからデルフィの考古遺跡までは北西へ約122km。パルナッソス山の中腹に位置するデルフィは、紀元前2000年頃から人々が住んでいました。聖地となったのは紀元前8世紀頃からで、紀元前6世紀頃にはギリシャ全土に知れ渡るようになりました。

ここはかつて太陽神アポロンを祀る神殿であり、巫女が神託を受ける地として有名でした。山々に囲まれたこの地は聖域にふさわしく、神聖な雰囲気が溢れ、古代ギリシャのシンボル的存在。

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アテネ(アテナイ)のアクロポリス/1987年登録

アテネ(アテナイ)のアクロポリス/ギリシャの世界遺産
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ギリシャのアッティカ地方にある首都アテネには、イッソス川の渓谷に標高156mの石灰岩の丘があり、頂上に立つ建造物は古代ギリシャから現在までその姿を残すものです。丘の上は「アクロポリス」と呼ばれ、これは「高い丘にある都市」というような意味を持つもの。

ここには紀元前5世紀に築かれた、アテネの繁栄を示す建造物が多く見られます。パルテノン神殿やエレクテオン神殿など、壮麗な建築物は古代ギリシャの最大の芸術品であり、その後のヨーロッパの建造物に大きな影響を与えたものでした。

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テッサロニキの初期キリスト教とビザンティン様式の建造物群/1988年登録

テッサロニキの初期キリスト教とビザンティン様式の建造物群/ギリシャの世界遺産
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テッサロニキはギリシャ北部に位置していて、国内でも2番目の人口を誇る大都市。ここは紀元前315年に設立され、ここはビザンツ帝国の第二の都市として文化の中心地でもありました。4世紀から15世紀まで1000年以上にわたって帝国内の建造物に大きく影響を与えたもの。

ここは初期のキリスト教の中心地でもあり、ギリシャ十字形の教会や三廊式のバシリカなどが残っています。町にはロタンダや聖ダヴィド聖堂、聖ディミトリオス聖堂など、初期キリスト教美術の傑作が並びます。

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アスクレピオスの聖地エピダウロス/1988年登録

アスクレピオスの聖地エピダウロス/ギリシャの世界遺産
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首都アテネから南西へ約65km。エピダウロスはサロニコス湾に面した港町で、古代ギリシャ時代は独立した都市国家でもありました。ここでは紀元前6世紀に医療の神・アスクレピオス信仰が始まったとされています。

紀元前4世紀には建築家テオドロスによってアスクレピオス神殿が建造され、ギリシャで最も美しいとされる劇場を代表とした医療センターへと発展しました。

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ロドスの中世都市/1988年登録

ロドスの中世都市/ギリシャの世界遺産
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ロドス島はギリシャで4番目に大きな面積を持つ島で、アジア側に位置しています。トルコ共和国のあるアナトリア半島のすぐ側にあり、20世紀初期まではオスマン帝国に支配されていました。

エルサレムを拠点としていた聖ヨハネ騎士団は1309年から1523年までロドス島を占領して、要塞都市を築きました。現在の旧市街にはゴシック様式の宮殿や病院など、当時の建築物が多く残っています。

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アトス山/1988年登録

アトス山/ギリシャの世界遺産
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ギリシャ北東部に位置するアトス半島は、聖山アトス(標高2033m)があり、ここには20もの修道院が点在するギリシャ正教の聖地。10世紀以降、当時この地を支配していたビザンツ帝国(東ローマ帝国)のニケフォロス2世フォカスから自治権を得てから「アトス自治修道士共和国」として現在でも治外法権が認められている共和国でもあります。

現在は20もの修道院が点在し、修道士が昔ながらの生活様式で暮らしています。この地で発展した絵画はロシアや東欧の美術に影響を与えました。

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ミストラスの考古遺跡/1988年登録

ミストラスの考古遺跡/ギリシャの世界遺産
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ペロポネソス半島の南東に位置するミストラスは、かつて古代ギリシャの都市国家であったスパルタの近くに位置する都市。ここはアカイア公国(1205〜1432年)の第4代君主ギヨーム2世・ド・ヴィルアルドゥアン(1211年頃〜 1278年)によって、標高620mの丘の上に要塞を建造されたことがきっかけで設立されました。

その後、ビザンツ帝国が再興すると、デスポテート(領主)たちによって無数の聖堂や修道院が築かれたものの、19世紀に破壊されたため、現在は遺跡として残っています。

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メテオラ/1989年登録

メテオラ/ギリシャの世界遺産
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ギリシャ北西部のテッサリア地方にあるメテオラは、標高2000mを越える山々が並ぶピンドス山脈から流れるピニオス川によって、石灰岩が削られ、固い堆積岩だけが残り、まるで柱のような奇岩がいくつも続くという独特の景観が見られます。

現在残る建造物は11世紀以降にギリシャ正教の修道士によって建造され、かつては24もの修道院があったとされます。修道院内にある16世紀のクレタ様式のフレスコ画などは、ビザンツ帝国崩壊後の芸術の発展が見られるものとして価値が高いもの。

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デロス島/1990年登録

デロス島/ギリシャの世界遺産
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デロス島は、エーゲ海中央に浮かぶ、約3.5平方kmの小さな島。太陽の神アポロと双子の妹、月の女神アルテミスが生まれたという伝説が残り、古代ギリシャ時代は巡礼者が多く集まりました。

この島では、エーゲ海の交易をしていたイオニア人が紀元前12世紀から暮らしていたとされ、現在は神殿跡などが多く並び、ギリシャでも最大規模の考古学遺跡となっています。

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ダフニ修道院、オシオス・ルカス修道院、ヒオス島のネア・モニ修道院/1990年登録

ダフニ修道院、オシオス・ルカス修道院、ヒオス島のネア・モニ修道院/ギリシャの世界遺産
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世界遺産としては、アテネ近郊にあるダフニ修道院、中央ギリシャのデルフィ近郊のオシオス・ルカス修道院、ヒオス島のネア・モニ修道院の3つで構成されています。

それぞれが大きな天井を持つ内接十字形で、ドームは八角形のスペースがあるスキンチ様式という点では共通のもの。そして、11〜12世紀のビザンツ美術の第二黄金期であり、金箔の背景を持つ大理石のモザイク画も見られるという点が特徴です。

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サモス島のピタゴリオとヘーラー神殿/1992年登録

サモス島のピタゴリオとヘーラー神殿/ギリシャの世界遺産
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エーゲ海東部、アナトリア半島のすぐそばにあるサモス島は、先史時代から中世まで周囲の政治と文化の中心地でした。紀元前10世紀にギリシャ本土からやってきたイオニア人によって築かれ、紀元前6世紀には地中海東部において主要な交易都市として繁栄。

ここでは女神ヘラを祀ったヘラ神殿と、都市国家サモスの中心であったティガ二(現在のピタゴリオ)の防壁や宮殿跡が世界遺産に登録されています。

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アイガイ(ヴェルギナ)の考古遺跡/1996年登録

アイガイ(ヴェルギナ)の考古遺跡/ギリシャの世界遺産
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遺跡はギリシャ北部の中央マケドニア地方のヴェルギナ村にあり、この地方の中心テッサ二ロキから南西に約80kmの位置にあります。ここはかつてはアイガイ(エゲ)と呼ばれた都市とされ、かのアレキサンドロス大王を輩出した、マケドニア最初の王朝であるアルゲアス朝の首都と推定される場所。

ここは300以上の墳墓があり、そのうちの一つは研究の結果、アレクサンドロス大王の父であるフィリッポス2世の墓とされています。

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ミケーネとティリンスの考古遺跡群/1999年登録

ミケーネとティリンスの考古遺跡群/ギリシャの世界遺産
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ギリシャ南部のペロポネソス半島北東部・アルゴリダ県に位置するミケーネとティリンスは、ミケーネ文明(紀元前17〜12世紀ころ)の遺跡。ここはトロイア戦争をテーマにした、ホメロスの叙事詩『イーリアス』や『オデュッセイア』に登場する将軍アガメムノンの居城があったとされています。

ミケーネでは、ドイツの考古学者ハインリヒ・シュリーマンによって円形の墳墓が発見され、「アガメムノンのマスク」と呼ばれる黄金の仮面を含めた黄金細工が多く発掘されました。

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神学者聖ヨハネ修道院と黙示録の洞窟を含むパトモス島の歴史地区(ホーラ)/1999年登録

神学者聖ヨハネ修道院と黙示録の洞窟を含むパトモス島の歴史地区(ホーラ)/ギリシャの世界遺産
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パトモス島はトルコ領であるアナトリア半島にもほど近いドデカネス諸島の一つ。95年ころにイエス・キリストの十二使徒の一人である聖ヨハネがここに流され、キリスト教の聖典である『新約聖書』の福音書と黙示録を執筆したという伝説が残っています。

10世紀には修道院が建造され、ビザンツ帝国のアレクシオス1世によって植民地化されると、ここはギリシャ正教において学問と巡礼の地として栄え、多くの建造物が建造されました。

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コルフ(ケルキラ)旧市街/2007年登録

コルフ(ケルキラ)旧市街/ギリシャの世界遺産
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地中海に浮かぶコルフ(ギリシャ語で「ケルキラ」)島は、アドリア海の入口にあり、肥沃な土地もあることから、島の東岸には紀元前8世紀から同名のギリシャの植民都市が築かれました。

15世紀になると、ヴェネツィア共和国の領土となり、旧市街に位置する3つの要塞はこの時代に建造されたもの。ここは地中海の港湾都市として保存状態が良いのが特徴でもあります。

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ピリッポイの考古遺跡/2016年登録

ピリッポイの考古遺跡/ギリシャの世界遺産
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ギリシャ北東部に位置するカヴァラ県に位置する城壁に囲まれた都市遺跡。ここは古代マケドニア王のピリッポス2世がこの地を征服すると、付近の金鉱の開発を目的にすると同時に軍事貿易の拠点として、紀元前356年に都市を設立。やがて「小ローマ」と呼ばれるほどに繁栄しました。

都市は城壁で囲まれて、劇場や神殿なども建造。そして、使徒パウロが布教の起点としたことから初期キリスト教世界の中心地となり、バシリカや教会の跡も残ります。

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ザゴリの文化的景観/2023年登録

ザゴリの文化的景観/ギリシャの世界遺産
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ザゴリは、ギリシャ北西部のピンドス山脈の周囲に位置する高山地域。ここは古くからアクセスが困難な地ではあるものの、旧石器時代から人々が暮らしていました。ヨーロッパで数少ないブナ林が残されていて、貴重な自然が残るエリア。

オスマン帝国時代になると、兵士や商人として出稼ぎによる富によって集落は繁栄し、教会や邸宅、橋などの優れた建物を多く建造しました。古来からバルカン半島の山岳地帯に暮らす羊飼いの伝統文化が残っていて、それらが建築物などで現在でも見られるというのもポイント。

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世界遺産マニアの結論と感想

ギリシャの世界遺産は文化遺産が17件、複合遺産が2件と、古代から文明が繁栄したギリシャだけに文化遺産がいっぱい!ヨーロッパと中東の間にあることから、キリスト教関連のスポットもたくさん登録されているので、ぜひディープに楽しんでみてくださいね。

※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。

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この記事を書いた人

世界遺産一筋20年以上!遺跡を求めて世界を縦横無尽で駆け抜ける、生粋の世界遺産マニアです。そんな「世界遺産マニア」が運営するこちらのサイトは1100以上もある遺産の徹底紹介からおもしろネタまで語り尽くすサイト。世界遺産検定一級取得済。

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