イランの世界遺産の数は合計で28件。壮大な古代遺跡ペルセポリスや「世界の半分」と呼ばれるエスファハーンのイマーム広場なども世界遺産として有名。中東でも指折りの世界遺産保有国でもありますが、それ以外ではどんな世界遺産があるのでしょうか?
ここでは、イランの世界遺産を世界遺産マニアが一覧にして分かりやすく解説。それぞれの遺産を簡潔に解説していきましょう。
目次
チョガ・ザンビール/1979年登録
イラクとの国境にも近いフーゼスターン州に位置するチョガ・ザンビールは、エラム王国(現在のイラン南西部に紀元前33世紀頃から紀元前6世紀頃に存在していた古代国家)の首都スーサの近くにあった宗教都市。
都市は聖地であった場所に紀元前1250年頃建造され、かつてはインシュナク神に捧げるための聖塔・ジッグラトが存在していました。ジッグラトは崩壊していますが、現在でも24.75mもの高さがあります。
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ペルセポリス/1979年登録
ペルセポリスは、イラン南部のファールス州の高原に位置する広大な遺跡。ここは紀元前518年にアケメネス朝ペルシャの王・ダレイオス1世によって築かれた宗教都市でした。
広大な領土を持ったアケメネス朝が築いた都市だけあって、敷地には豪華な宮殿が建設されました。現在はほとんどが崩壊してしまいましたが、壮麗なレリーフや門、宮殿跡などからは当時の様子がイメージできるほど。
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エスファハーンのイマーム広場/1979年登録
エスファハーンはイラン中部にあるエスファハーン州の州都。イラン高原は乾燥地帯で、エスファハーンは街の中心を流れるザーヤンデ川の水を利用したオアシス都市です。
ここには「世界の半分」と呼ばれるほどに美しいイマーム広場があります。広場のほとんどの建築物は17世紀にサファヴィー朝のシャー(王)であるアッバース1世に建造されたもの。大きな広場には縁を沿うように美しいモスク、宮殿、回廊が作られ、当時ここを支配していてサファヴィー朝の美的センスや技術力の高さを示しています。
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タフテ・ソレイマーン/2003年登録
イランでも最も西部にある西アーザルバーイジャーン州のタフテ・ソレイマーンは、火山地帯にある谷間に位置しています。ここは約2500年に渡って使用されたゾロアスター教の聖地であり、拝火壇(アザル・ゴシェナスブ)が置かれた重要な場所でもありました。
タフテ・ソレイマーンに築かれた神殿と宮殿は、イスラム時代の建築物に大きく影響を与えています。
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パサルガダエ/2004年登録
パサルガダエは「ペルシャ人の本営」という意味で、現在のイラン南西部のファールス州に造られました。最も有名な遺跡であるペルセポリスから北東87Kmに位置しており、アケメネス朝の最初の首都となった場所でもあります。
ここは紀元前6世紀に建造された都市で、宮殿や庭園、霊廟など、ペルシャ帝国初期の建築技術の基礎が見られます。最も有名なのは、アケメネス朝ペルシャの創設者・キュロス2世の墓。
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バムとその文化的景観/2004年登録
イラン南東部にあるケルマーン州。イラン高原の南部に位置する高原都市であるバムは、山々に囲まれた谷に築かれた都市。カナートという地下水路を使用した水が流れ込む地であるため、周囲は豊かな土壌でもありました。
ここは7世紀から11世紀にかけて交易ルートの中継地となり、絹と綿の衣類の生産で繁栄。街の北東部にあるアルゲ・バム(バム城塞)は9世紀に建造され、周囲の中世の要塞建築の中でも代表的なものでもあります。
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ソルターニーイェ/2005年登録
首都テヘランから北西へ約240km。ソルターニーイェはザンジャーン州の東部にある都市遺跡で、ここはイル・ハーン朝(1258〜1353年)の首都だった場所。
ここに残るオルジェイトゥ廟は、高さ約50mの八角形のドームと8つのミナレット(尖塔)を持つというペルシャ建築の傑作で、イスラム建築の発展において重要なもの。これはカザフスタンのホージャアフマド・ヤサヴィー廟やインドのタージ・マハルに影響を与えています。
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ベヒストゥン/2006年登録
イラン西部のケルマンシャー州に位置する遺跡で、60mもの石灰岩の崖に多言語の碑文が刻まれたもの。ここはイラン高原とメソポタミアを結ぶ交易路に位置し、遺跡は先史時代からアケメネス朝とそれ以降のものも含まれていますが、主に紀元前6世紀から紀元6世紀までの遺構が多いというのが特徴。
その中でも紀元前521年に建造のダレイオス1世が王位に付いたことを記念した碑文とレリーフが有名。
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イランのアルメニア人修道院建造物群/2008年登録
イラン北西部は、かつてアルメニア王国(紀元前190年〜428年)の領土で、この国家は301年に世界で初めてキリスト教を公認した国で、キリスト教の一派であるアルメニア使徒教会が広く信仰されていました。
聖タデウス修道院、聖ステファノス修道院、生神女マリア聖堂が登録され、これらは信仰の中心地として繁栄した足跡を残すもの。
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シューシュタルの歴史的水利施設/2009年登録
シューシュタルは、イラン南西部に位置するフーゼスターン州の都市で、イラン最長のカルン川沿いに紀元前5世紀に設立。この街は、周囲にあるアケメネス朝時代の首都の一つ・スーサにも関連していて、3世紀のササン朝時代になると、灌漑や水の供給、水の貯蓄を目的とした水利システムが作られました。
当時の水利システムは今も残り、そのうちのガルガー運河は現在も利用されていて、都市の周囲の農地や果樹園に水を届け続けています。
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アルダビールのシャイフ・サフィーアッディーン廟の歴史的建造物/2010年登録
アルダビールは、アルダビール州の州都であり、標高約1500mにある高原都市でもあります。ここは後にイラン全体を支配するサファヴィー朝の前身であるサファヴィー教団が生まれた地。
ここには教祖であるサフィー・アッディーンの霊廟があり、病院、モスク、学校など、霊廟を中心とした複合施設が16世紀初頭〜18世紀末にかけて建造され、イスラム建築の傑作でもあります。
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タブリーズの歴史的バザール施設/2010年登録
東アーザルバーイジャーン州の州都であるタブリーズは、イラン北西部でも最大の経済都市。街の中心部では、中東最古のバザール(屋根付き市場)があり、その歴史は1000年にも渡ります。
バザールは東西の交易ルートに、レンガ造りの建造物が並び、ここは商業活動だけでなく、親睦や教育、イスラム関連の施設も置かれていて、商売や取引としての機能だけでなく、文化や政治的な面でも重要なものでした。
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ペルシャ式庭園/2011年登録
イラン各地に残る9つの庭園をここでは「ペルシャ式庭園」としていて、紀元前6世紀のアケメネス朝の初代皇帝キュロス2世が建造した庭園がルーツとされるもの。これらは乾燥地帯であるイランにおいて、何世紀にも渡って発展してきました。
庭園はゾロアスター教の要素を象徴する構造となっていて、インドやスペインなどの庭園デザインにも影響を与えています。
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エスファハーンのマスジェデ・ジャーメ/2012年登録
イラン中部の古都エスファハーン。8世紀には既に現在のジャーメ・モスクがある位置にモスクが建造され、近くにあるコフネ広場を中心にイスラム都市として発展していきます。
ここは「チャハル(4)・イーワーン」と呼ばれる中庭を4方向から囲むという建築様式が見られる最初のモスクで、ネザム・アル・モルク・ドームにはイスラム王朝で二重殻ドームが採用され、これらは1200年にわたるイスラム美術の発展を示すもの。
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ゴンバデ・カーブース/2012年登録
トルクメニスタンの国境沿いに広がるゴレスターン州にあるゴンバデ・カーヴース。ここはシーア派のイスラム王朝ズィヤール朝(927〜1043年)の首都ジョルジャーンの近くにあった場所で、53mの塔はゴンバデ・カーブースと呼ばれます。
これは11世紀にズィヤール朝4代目の君主カーブース・ブン・ワシュムギールが建造したもの。その革新的な建築様式は周囲のイスラム国家の建築物に影響を与えるほどの傑作でもあります。
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ゴレスターン宮殿/2013年登録
イランの首都テヘランの中心部に残るのが、ゴレスターン宮殿。テヘランは18世紀に開かれたガージャール朝の首都であり、この地に造られた宮殿は現在のテヘランでも最も古い建設物の一つ。
宮殿は、ペルシャの伝統的な芸術品と工芸品を使用しながらも18世紀当時のヨーロッパの建築様式を取り入れた先鋭的な建築物でした。単純にシャー(王)の住処というだけではなくガージャール朝時代の建築と芸術の中心地であったのです。
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シャフリ・ソフタ/2014年登録
アフガニスタンとの国境に面したスィースターン・バルーチェスターン州にある日干し煉瓦の都市遺跡は、シャフレ・ソフタと呼ばれ、イラン東部でも最初期の都市であり、繁栄した文明が存在したと考えられています。
ここは紀元前3200年ころに誕生してから、紀元前1800年頃までに4つの段階で人口が増加したものの、最終的には水路の迂回や気候変動によって都市は放棄。しかし、砂漠地帯にあったため、保存状態は良好です。
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メイマンドの文化的景観/2015年登録
イラン南東部のケルマーン州に位置するメイマンド村は、イラン高原に広がるザクロス山脈の南端にある渓谷にある36の村々が点在するエリア。
村人は春から秋にかけて山の集落で放牧をしながら暮らし、冬になると渓谷にある洞窟住居に住むという珍しい習慣があることで有名。ここは家畜ではなく、人間そのものが移動するという独自の生活様式が現在でも続いているという文化的景観が見られます。
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スーサ/2015年登録
イラン南西部にあるフーゼスターン州のシューシュは、かつてスーサと呼ばれ、紀元前4500年前から都市が存在したというほどに歴史の深い都市。街の中心部シャブール川の東側に丘があり、ここにはかつて存在していた都市の遺跡があります。
ここはエラム王国、アケメネス朝、パルティア、ササン朝など、13世紀までの都市遺跡が層を成していて、さまざまな時代の建築物や宮殿、住居などが発掘されています。
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ルート砂漠/2016年登録
イラン南東部に広がる広大な砂漠で、長さ480km、幅320kmという広さを誇ります。「ルート」とは、ペルシャ語で「水がなく、草木が生えない土地」という意味。
ここは世界で最も暑い場所の一つとして知られ、6〜10月頃に風で堆積物が持ち込まれ、風食によってヤルダンという独特の地形を生み出しています。砂丘も含めて、砂漠の風景が変化する様子も見られるというのも特徴。
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ペルシア式カナート/2016年登録
イランの国土はほとんどが砂漠地帯であるため、農業や都市の水源として、山の地下水から地下道を通して街まで水を引くというカナートと呼ばれるシステムによって支えられてきました。
国内には11のカナートが世界遺産に登録されていて、これらは街の地下にあり、貯水池や庭園、休憩所、農場など、さまざまな場面で利用。カナートは砂漠の文化を現在に伝えるものでもあります。
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ヤズドの歴史都市/2017年登録
ヤズドは、イラン中央部の高原にあるオアシス都市です。砂漠にあるため、水は限られた資源。水はカナートと呼ばれる水路のシステムによって都市に運ばれてきます。実は町の各所はカナートの上に建てられており、町の人々の共有物。水路が地表に出る場所が井戸として、現在も人々に使用されています。
旧市街には、バザール、ハマム、モスク、庭園…土で造られた家々が並ぶ、美しいオアシスの風景が今も残ります。
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ファールス地方のサーサーン朝考古景観/2018年登録
ファールス州はイラン南部に位置していて、ファールスは「ペルシャ」の語源ともなっており、紀元前1000年頃に現在のペルシャ人のルーツである民族が進出した地。ここにはサーサーン朝ペルシャ時代(224〜651年)の3つのエリアにある8つの考古学遺跡が残っています。
登録エリアは王朝の創始者であるアルデシール1世と彼の息子であるシャープール1世が築いた都市や建造物が点在。現在も残る建造物は自然の地形を利用していて、ローマ帝国や過去の王朝であるアケメネス朝やパルティアなどの文化的影響を受け、イスラム時代にも影響を与えたもの。
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ヒルカニアの森林群/2019年登録(アゼルバイジャンと共同)
世界遺産としては、カスピ海の南岸に沿って延びる約850kmもの森林地帯が登録されていて、西はコーカサス地方、東はゴレスターン州半砂漠地帯まで3つの州にまたがり、15箇所のエリアで構成されています。
ここはイランの国土の7%でしかないにもかかわらず、国内の維管束植物の44%がここで生息。森には180種の鳥類と公園のシンボル的存在のペルシャヒョウを含む58種の哺乳類が見られます。
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イラン縦貫鉄道/2021年登録
イラン縦貫鉄道は縦断鉄道とも呼ばれ、イラン北部のカスピ海にあるバンダル・トルカマンと南西部にあるペルシャ湾のバンダレ・エマーム・ホメイニーまで接続するという広大な鉄道路線です。
ここは標高の高い山脈や高原、森林、平野など、さまざまな地形を通る路線で、中には螺旋状のトンネルやループ橋など、外国企業によって建造されたものもあり、路線は今でも現役で使用されています。
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フーラーマーン/ウラマナトの文化的景観/2021年登録
フーラーマーン/ウラマナトは、イラン西部を南北に貫くザグロス山脈沿いにある、クルディスタン州とケルマーンシャー州をまたがるエリアを指します。紀元前3000年頃からこの地域に住んでいたクルド系の農牧民・ハワラミ族が暮らしている地。
ここは何千年にも渡って、段々状の傾斜地に家や農地など、さまざまな施設が並ぶ独特の景観が残っています。
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ペルシアのキャラバンサライ/2023年登録
ペルシアはイランを示す言葉で、キャラバンサライは、キャラバン(隊商)+サライ(宿)という意味で、かつてシルクロードや巡礼路などのルート上に築かれた「隊商宿」のこと。イランには、数百ものキャラバンサライが残されていて、25のキャラバンサライが登録されています。
キャラバンサライは、それぞれ建築様式が異なり芸術的価値が高いものである一方、東西の文明の文化や科学、芸術、宗教などを結ぶという役割もあったのです。
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ハグマターナ(エクバタナ)/2024年登録
ハマダーンはイラン西部のハマダーン州の州都。ここは古代ギリシャ語で「エクバタナ」と呼ばれ、古代ペルシャ語では「ハグマターナ」と呼ばれました。ハグマターナは、イラン高原において最も古い都市の一つで、広大な都市であったとされています。
かつてここがメディア王国(不明〜前550年)の首都ハグマターナ(エクバタナ)だったとされることでも有名で、遺跡は後のパルティアやサーサーン朝、イスラム時代までに至って都市が繁栄した様子を現在に残すもの。
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世界遺産マニアの結論と感想
イランの世界遺産は文化遺産が26件、自然遺産が2件と、文明の交差路だけに文化遺産がたくさん!実は中東でも最も世界遺産が多い国で、遺跡だけでなく、バザールや鉄道路線など意外な遺産も登録されてるので、ぜひディープに楽しんでみてくださいね。
※こちらの内容は、世界遺産マニアの調査によって導き出した考察です。データに関しては媒体によって解釈が異なるので、その点はご了承下さい。